向日葵
ゆっくりと、恐る恐る顔を向けた瞬間、息を呑むことしか出来なかった。


真っ直ぐにこちらに向けられた視線に、今更ながらに戸惑うようにそれを逸らしてみるも、時すでに遅く。



「…ク、ロ…」


クロが、しかも女と腕を組んだ状態で。


ついでに言えば、隣の女は、この前も一緒だった彼女。


視線を動かせば、頼りない記憶の中でもこの場所は、どこか見覚えがあったなと、今更ながらにそんなことを思ってしまうのだが。


あの頃、もっと外出しておけば、ここがクロのマンションからすぐ近くだということに、もっと早くに気付けていただろうか、と。



「またこの子なの?」


沈黙の中、“ねぇ、龍司!”と、答えを催促するような彼女の、少し不機嫌な物言い草。


こんな場面を、しかもこんな状態でなんて、見たくもなかったのに。


本当に今日は、最悪な日だ。


そんな重苦しい沈黙が再び訪れ、彼はひとつため息を吐き出して。



「なぁ、美弥子。
悪いんだけど、ちょっと帰ってくんない?」


「…え?」


彼の紡ぎ出した言葉に驚いたのはあたしも同じで、だけども彼女、“美弥子サン”は、当たり前に不服さ全開で眉を寄せる。


戸惑うままにクロを見上げてはみたものの、彼は煙草の煙を吐き出すようにして視線を落としたきり、それを上げようとはしなくて。



「へぇ、龍司がねぇ。
意外なもの見ちゃった感じ。」


へぇ、とか、ふ~ん、とか含みを持ったようなそんな言葉と共に美弥子サンは、口元だけを上げた。


上げて、そしてそのまま彼女は手をヒラヒラとさせ、きびすを返し、あたし達から遠ざかっていくのだから。


三度目に訪れた沈黙もまた重く、どうすることも出来なくて。


< 114 / 259 >

この作品をシェア

pagetop