向日葵
「…だって、アイツらの顔が未だに夢に出てくるし、あたしっ…」


「俺と一緒じゃ、そんなに不安?」


「―――ッ!」


パニックになったように、言葉ばかりがせき止めることも出来ないほどに口をつき、そんなあたしに彼は、瞳を投げた。


呼吸ばかりが乱れ、逃げるように体を起こそうとした刹那、容易くあたしの視界を占める景色は、天井へと入れ替わって。


顔を背けたそれの端に、クロの少し切なげな瞳を見た。



「あたし、母親の彼氏にヤられた女だよ?」


辛うじて紡いだのは、そんな台詞。


ギリギリのところで途切れそうだった理性は、上から落ちる驚いたような瞳によって寸前で保たれた。


言ってて声は震えてて、彼の前髪があたしの首元に触れた時、“ごめんな”と、そんな台詞。



「…ちゃんと俺のこと見ろよ…」


ひどく弱々しい言葉にゆっくりと顔を向けてみれば、鼻先と鼻先がぶつかる距離で、小さく唇が触れて。


その瞬間に涙腺は脆く壊れ、ただ涙が溢れた。



「もう、我慢したり強がったりしなくて良いから。
だからちゃんと、俺に弱いところ全部見せろ。」


“受け止めてやるから”と、そんな彼の声色もまた、少しばかり震えていた。


静かすぎる帳の中で、初めてあたしは人前で本音を漏らしたのかもしれないと、そんなことを思わされるのだけれど。


だけどもそれ以上のことを考えられるほど、頭の中にも、心の中にも余分なスペースは存在してはおらず、殺すことも出来ない嗚咽ばかりが混じった。



「怖がらないで、俺のこと。」


そっと触れるだけの唇は優しくて、あたしの弱さも傷も何もかもを拭い去る。


意識の真ん中にはクロが居て、その大きさが増すごとに、乱れていたあたしの呼吸は、徐々に落ち着きを取り戻した。


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