向日葵
翌日目を覚ましてみれば、クロの姿はもうどこにもなくなっていた。


その代わりと言わんばかりの陽射しが窓から差し込んでいて、少しの安堵感を覚えるのだけれど。


仕事に行ったのだと、そう思い込まなければ、とてつもなく惨めな気持ちに支配されるのだから、嫌になる。


だってそうでもしなきゃ、“サチさん”のところに行ってしまった以外にはないのだから。


結局昨日、あれからクロが何かを語ることはなかった。








『…夏希。』


たくさんのキスを降らせながら、やっと彼があたしの名前を紡いだのは、それからすぐのことだった。


男なんて結局は、吐き出せば幾分冷静な判断になるような脳の作りになっているに違いないのだと、どこか他人事のようにそれを受け入れている自分が居て。


残酷な人だなと、そう思わされた。



『あたし、お風呂入りたい。』


『…一緒に入る?』


『やだよ、狭いし。』


『お前、人んちで失礼だろ。』


きっと、真実を聞くことから逃げたのは、あたしの方だったに違いない。


いつも通りの会話を繰り返し、いつも通りを装えば、きっと何事もなかったかのように過ごせるような気がしたから。


そうやって逃げるのもまた、あたしの専売特許なのかもしれないが。



『桃のシャンプー買ったら、一緒に入ってくれる?』


『そーゆー問題じゃなくない?』


ただ、明るい場所で顔を突き合わせて居たくなかっただけのこと。


きっとそれがわかっているのだろうクロもまた、それ以上の言葉を紡ぐことはなかった。


真実を知ることは、決して良いことばかりではないのだと、何となくそんな格言めいたものが頭の片隅に浮かんで消えた。


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