向日葵
疲れが溜まっていたのか、微熱の体を押して歩いて帰ったことが災いしたのか、夕方になる頃には、ベッドから動けなくなってしまって。


じんわりとした汗が額に滲み、意識は朦朧としたように、浅く何度も呼吸を繰り返すばかり。


気持ち悪くて吐きそうなのは、風邪の所為なのか、はたまた自分自身に対してなのか。







『ちょっと、風邪引いたなんて勘弁してよねぇ!』


あれは確か、小学校の低学年くらいだったろうか。


その日も今と同じようにベッドへと伏せていたあたしに、お母さんは心底嫌そうな顔でそんな台詞を言ってのけた。


完璧なお化粧で包まれた全身を、幼心にも娼婦のようだと思いながら、でもあたしは今、そんな人間にしか縋ることが出来ないのだ。



『あたし、出掛けなきゃいけないんだけど。』


だから、ひとりでも大丈夫よね、と。


言葉尻にそんな一言が付け加えられているようにも聞こえ、まるで心の声を聞いた気になってしまう。


風邪なんかで死にはしないことくらい、馬鹿なあたしだって知ってるし、何も言えないままにコクリとだけ頷けば、良かったと言わんばかりのため息が吐き出されて。



『じゃあ、行ってくるけど。
お父さんが帰ってきたら、病院にでも連れてってもらいなさい。』


そんな言葉を残し、彼女はきびすを返した。


無意識のうちにその背中に向けて手を伸ばそうとしていたのだが、実際は腕を持ち上げるよりも早く、扉は閉められてしまう。


まるで、あたしそのものを拒絶しているようだなと、そんなことさえ思わされたのだが。


お父さんが帰って来るまでは、まだゆうに9時間以上あるし、それも今日帰ってくればのことだけど。


もちろんこの後、お母さんが帰ってくるという保証もない。


ひとり孤独に耐え、不安を抱えるには小さ過ぎた胸で、押し殺すことばかりを覚えた、あの頃。


弱った体のままに聞く母親の台詞は、いつもに増して痛々しく響いた気がした。


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