向日葵
「ごめん、もう大丈夫。」


涙を拭って体を離し、そんな言葉を紡ぐまでにどれくらいの時間を要しただろうか。


折角これから旅行に向かうと言うのに、きっとあたしは今、散々な顔をしているはずだ。



「準備、するから。」


「良いよ、まだ。」


チラッとだけ移した視線の先にある時計の針は、まだ朝の7時を迎えるよりも少し前で、確かにまだ、時間に余裕はあるのだけれど。


それでも何かしていなければ、あの夢に頭の中全部を支配されそうで、“でも”と、そう言おうとした言葉は、クロによって簡単に遮られてしまって。



「俺が居るから、怖がる必要ねぇって。」


多分、何もかもわかっているのだろうクロに、あたしは“ごめん”としか言えなかった。


それでも、本当にこんな夢は久々で、自分の中でどう処理して良いのかもわからず、少しの震える指先で煙草の一本を摘み上げた。



「…何か、昔の夢見ちゃってさ…」


そう、一口分の煙を吸い込むと、それは奪うようにクロの指先が取り上げ、そして彼はあたしの煙草を咥えてしまって。


メンソールに少しの眉を寄せながら、“考えんなって”と、そんな台詞。


再び引き寄せられ、あてがわれた唇からあたし自身を侵食するように舌を絡め、珍しく同じ味がするなと、そんなことを思ってしまう。



「ちょっとは元気出た?」


寝転がり、肘をついて半分上体だけを起き上がらせた格好で、彼はあたしより少し下からそう真っ直ぐに視線を投げた。


それにコクリとだけ頷けば、満足そうに口元を持ち上げる様に、やっぱり敵わないなと思うのだけれど。



「俺は、お前の嫌がることはしねぇから。
だから、んな苦しそうな顔すんなよ。」


「…ク、ロ…」


「つか、多分俺自身がお前の傍に居たいだけなんだけどさ。」


そう、自らにため息を混じらせながら彼は、あたしの煙草を咥えたままで、天井を仰ぐようにして再び寝転がってしまって。


思わず口元を緩めてしまったのだけれど、少しだけ楽になれた気がした。



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