向日葵

サヨナラ

『目ざわりだから、部屋に戻ってくれないか?』


フローリングに散乱したガラス片によって手の平に血が滲んだあの時、殺してくれないのなら、あたしが殺してやるんだと、そう誓ったんだ。


呼吸は辛うじて浅く繰り返すことしか出来ず、視界はもやが掛かったように不透明なまま。



『…何で、殴るの…?』


『お前なんか、自分の子だと思えるか?
似てるところなんかひとつもなくて、そんなガキのどこを可愛がれる。』


『…じゃあ、何でっ…』


『責任を取ってやっただけだよ、責任を。』


心底面倒くさそうな顔で、父親はそう言ってため息を混じらせた。


そしてそのまま消えゆく姿を捕えることが出来たのは、遠ざかる足音のみ。


あたしに本当の父親が存在するのだとしたら、その人は殴ったりなんてしないのかなと、そんなことを思いながら意識を手放した。







車から降りると、さんさんと注ぐ太陽の陽射しに思わず目を細めてしまう。


にこやかな看護師さんや穏やかな顔した入院患者を見れば、どれを取っても生きていることに喜びを感じているようにも見受けられた。


お父さんは今、生死の境を彷徨っているのだと言っていたっけ。


そんな現実は、こんな光景の前では少しばかり信じがたいと思うのだけれど。



「夏希。」


「大丈夫だよ、行こう。」


そんな風に視線を送り、クロと共に歩き出した。


入口まで続く石畳を進み、大きな自動ドアをくぐれば、外より幾分ひんやりとした空気に包まれる。


受付で名前を告げて病室を聞き、エレベーターへと乗り込めば、少しばかり震えていたあたしの手を握ってくれたのはクロで、“大丈夫だから”と、そんな言葉だけを返した。


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