向日葵
5階で降り、案内板にもすぐ先の角を曲がれば病室だと記されているのだが、やはりあたしの足はそこで止まってしまった。
動いて欲しいのか、それとも動いて欲しくないのか。
視線を落とした足の先に力を込め、一歩を踏み出せば、幾分静かな廊下にあたしのヒールの音が響いて消える。
「…なっちゃん…?」
刹那、背中越しに響いたのは、ひどく懐かしいあたしの呼び名。
そんな呼び方をする人の見当はすぐにつき、足を止めて振り返れば、小走りな彼女はあたしの元へと駆け寄ってきた。
駆け寄って来て、そして立ち尽くしていたあたしを抱き締めてしまって。
「…良かった、元気で…」
少しの声を震わせ、そう彼女は絞り出す。
あたたかい胸の中の香りに思わず安堵し、ゆっくりと顔を上げてみれば、彼女の瞳にはうすらと涙が滲んでいた。
「ごめんね、香世ちゃん。」
彼女、“香世ちゃん”は、智也のママ。
昔、おばちゃんと呼んだあたしは、思いっきり怒られ、そしてそれ以来、そう呼ぶように命じられてしまったわけだけど。
約一年半ぶりの再会で、前よりも少しばかり疲れている印象を持ってしまう。
「智也から聞いたわ。
ちゃんと、来てくれたのね。」
「…うん。」
そう、涙を拭った彼女はあたしから体を離し、そしてクロへと向き直った。
「龍司さん、ですよね?
なっちゃんを支えてあげてくれて、ありがとう。」
「いや、全然っすよ。」
多分、クロにも智也のお母さんだとわかったのだろう、彼はあたしの前で初めて敬語を使い、そして伏し目がちに口元を緩めた。
香世ちゃんは、本当のお母さんよりもずっと、あたしにとっては大切な人だ。
動いて欲しいのか、それとも動いて欲しくないのか。
視線を落とした足の先に力を込め、一歩を踏み出せば、幾分静かな廊下にあたしのヒールの音が響いて消える。
「…なっちゃん…?」
刹那、背中越しに響いたのは、ひどく懐かしいあたしの呼び名。
そんな呼び方をする人の見当はすぐにつき、足を止めて振り返れば、小走りな彼女はあたしの元へと駆け寄ってきた。
駆け寄って来て、そして立ち尽くしていたあたしを抱き締めてしまって。
「…良かった、元気で…」
少しの声を震わせ、そう彼女は絞り出す。
あたたかい胸の中の香りに思わず安堵し、ゆっくりと顔を上げてみれば、彼女の瞳にはうすらと涙が滲んでいた。
「ごめんね、香世ちゃん。」
彼女、“香世ちゃん”は、智也のママ。
昔、おばちゃんと呼んだあたしは、思いっきり怒られ、そしてそれ以来、そう呼ぶように命じられてしまったわけだけど。
約一年半ぶりの再会で、前よりも少しばかり疲れている印象を持ってしまう。
「智也から聞いたわ。
ちゃんと、来てくれたのね。」
「…うん。」
そう、涙を拭った彼女はあたしから体を離し、そしてクロへと向き直った。
「龍司さん、ですよね?
なっちゃんを支えてあげてくれて、ありがとう。」
「いや、全然っすよ。」
多分、クロにも智也のお母さんだとわかったのだろう、彼はあたしの前で初めて敬語を使い、そして伏し目がちに口元を緩めた。
香世ちゃんは、本当のお母さんよりもずっと、あたしにとっては大切な人だ。