向日葵
コクリと頷いた香世ちゃんは、静かに扉を開けてくれた。


カーテンを閉め切っているために薄暗い印象で、心拍計の音だけが、まるで雫を落とすように規則的に響いて消える。


部屋の中心にベッドがあり、その周りを機材に囲まれる中で、お父さんは眠っていた。


腕は点滴の管に繋がれ、生きていることを表すように、口元の呼吸器がにわかに曇る。



「…お父、さん…?」


そう呼ぶには、ひどくためらいがあった。


頬はこけ、機械によって辛うじて生かされているような状態のこの人が、あの父親と同一人物だとは、とても思えなかったのだ。



「10分だけ、ね?」


確認するようにそう言った香世ちゃんは、病室にあたしとクロだけを残し、静かに扉を閉めた。


そんな彼女の後ろ姿を見送り、再び顔をお父さんへと向けてみても、それはピクリとさえも動かないまま。


呼吸するにはひどく息苦しくて、会えばパニックになるかもしれないと思っていたのだが、現実なんてもしかしたら、この程度だったのかもしれない。



「アンタも人間だったんだよね。
今さ、眠りながら何考えてんの?」


問い掛けた言葉に、もちろん返事なんてなかった。


心拍計の音と、呼吸器が曇る様だけが、物言えぬこの人の言葉なのだろう。



「本気でさ、殺してやろうとか思ってたんだ。
正直今でもアンタのこと憎いけど、でも、生んでくれてありがと。」


ちゃんと言えた自分自身、少しだけ成長した気がした。


唇を噛み締めたはずなのにやっぱり涙は溢れ、そんなことが幾分悔しくも感じたり。


そんなあたしをクロは、肩を引き寄せるようにして支えてくれた。


思い出すのはどれも痛みや悲しみや苦しみばかりで、たったひとつの嬉しさや楽しさもなかったけど、でも、この人はやっぱり紛れもなく、あたしの父親なんだ。



「顔、似てないでしょ?」


「だね。」


苦笑いを浮かべてみれば、クロの指先はあたしの涙をそっと拭ってくれる。


少しの震える吐息を吐き出せば、“大丈夫?”と彼は、そんな台詞。


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