向日葵
「何かさ、お父さんのことこうやってちゃんと見たのって初めてでさ。」


「うん。」


「ずっと血が繋がってないんだと思ってけど。
爪の形とか、耳たぶとか、ちっちゃいとこあたしと一緒なんだな、って。」


言ってしまえば、少しばかり気が抜けたような気がした。


目を覚まして欲しいだとか、そこまで思うことはできないけど、でも、会えて良かった。



「夏希のこと、返すつもりはねぇけど。
その代わり、俺が幸せにしてやりますから。
だからもう、苦しめないであげてください。」


ただ、驚き以外にはなかった。


クロはそう言って、眠っているお父さんに向かい、頭を下げたのだ。


そしてそれを上げた彼は、イタズラにだけ笑って見せた。



「帰ろう、クロ。」


きっとそれは、ほんの数分の出来事だっただろう。


それでもあたしがちゃんと向き合えたのは、全部クロが居てくれたからなんだ。


お父さんが目を覚ますことはなかったし、もちろん何か言葉を発することも、最後までなかった。


ただ、こんな姿になったこの人をどうにかしてやろうとも思えなかったし、許せるかと問われればそれはないけど、でも、もう怖いとは思わなかった。


サヨナラだけを告げ、あたしとクロは二人、静かにお父さんに背を向けた。


扉の外へ出て、そして背中越しのそれを閉めた時、本当の今生の別れになったのだろう。



「頑張ったね。」


クロのそんな褒め言葉が頭の上から落ちてきて、あたしは小さく口元だけを緩めた。


静かで、そして少し肌寒い廊下の端で顔を見合せて、二人、元来た道へときびすを返す。


少しずつ、少しずつ人が増え、そこはまるで、先ほどの場所とは別世界のように感じてしまう。


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