向日葵
智也の前で泣いたのなんてこれが初めてで、“夏希?”と彼は、そうあたしの名前を呼んだ。


だけどもそんな呼び掛けの所為で、色んなことがグチャグチャになって。



『アンタだって所詮男じゃん!』


『―――ッ!』


『警察なんか行ったって、それが何になるって言うの?!
あたしはただ、忘れたいだけなの!!』


自らが荒げた声の所為で余計に呼吸が乱れ、肩で息をすると、智也は顔を隠すように右手でそれを覆った。


覆って、そして左手でドンッと壁を殴り、“んだよ、それ”と、小さく漏らす。


あからさまに吐き捨てられたのは舌打ちで、まるで苦虫を噛み潰したような顔だと思った。




『あたし、もう行くから。』


『…行くって、どこにっ…』


『誰もあたしのこと知らない場所。』


『―――ッ!』


『あたしと友達になってくれてありがとね、智也。』


その一言を残し、そのままあたしはきびすを返した。


それが智也との最後であり、あの街での最後でもある。







辿っていた記憶の糸から意識を離すと、またあたしを見た智也は、蔑むような瞳を向けるのかなと、そんなことを思わずにはいられない。


視線を落とした指の先は微かに震えていて、宙を掴むように拳を握ると、ピンポーンと鳴り響いたのは、チャイムの音。


ひとつため息を落としあたしは、玄関へと向かうために立ち上がった。


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