向日葵
「…お願い、離してっ…」


そう絞り出した刹那だった。


重なったのは唇で、涙の味に混ざりながら、微かにシャンプーの香りが鼻をついた。


逃げようと顔を背けるものの、それは容易に頬に添えられた手によって引き戻され、深く絡まる舌に、切なさばかりが込み上げて来て。



「やめて!」


ありったけの力でその体を押し退けると、クロは顔を覆うようにして視線だけを落とした。


肩で息をすれば、向けられたのは、ひどく弱々しい瞳で。



「俺より、アイツ選ぶの?」


「…そん、なの…」


「ラリった上に殴って、無理やりヤるような男のこと選ぶの?」


もう一度そう問われ、あたしは唇を噛み締めた。


沈黙は重たいばかりで、吐き出した吐息は震えたまま。



「アンタだって、結局はあたしとヤりたいだけじゃん!」


もう、本当にめちゃくちゃで。


こんなことを言いたいわけじゃないはずなのに、それでもクロの瞳が怖くて、言葉をせき止める術なんて持てなかった。


視線を外したあたしの頭の上からは、諦めたようなため息が落とされて。



「好きな女とヤりたいと思うの、そんなに悪いこと?」


好き過ぎて、苦しくて。


それでもあたしにとっては、体を重ねる行為を綺麗なものだとは、とても思えなくて。


“ごめん”とだけ呟き、荷物を持ち上げた。


もう、クロがあたしを引き留めることはなくて、そのまま部屋を出ると、ドンッと室内からは、壁を殴ったような音が聞こえた。


それでももう、あたしは引き返すことなんて出来ないんだ。


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