臆病でごめんね
むしろ「公貴さんが引き継いでくれれば我が社は変わらず安泰だろう」と、皆安堵しているようだ。

副社長はそのハイスペックぶりはさることながら、180近い長身で少し長めの前髪を左分けにした、清潔感溢れるサラサラツヤツヤの黒髪。顔立ちも上品に整っていて、なおかつ性格も温厚で穏やかという完璧ぶりで、男女問わず社員の憧れの的であった。

もちろん私もファンの一人。

派遣で全く接点がない上に、地味で目立たない私にさえも、こんな風にいつも気さくに声をかけて下さるから。

本当に紳士的で優しい方だと思う。

「今からお昼なんですか?」

副社長は私が右手に提げているビニール袋に視線を向けつつ問いかけた。

12時までにはまだまだ時間があるので疑問に思ったのだろう。

「は、はい。今日は早番でしたので」

「ああ、そうか。ローテーション勤務ですからね」

副社長がそう言いながら爽やかに微笑んだ所で、彼が呼んでいたらしい箱が到着した。

「それではこの辺で」

「はい…」


彼が中に乗り込み、扉が閉まるのを見届けてから私は歩き出した。

朝からちょっと嫌な事はあったけど、副社長のおかげで気分が若干盛り返し、午後の勤務は心穏やかに黙々とこなすことができた。

そして瞬く間に迎えた退社時間。

早番の日は朝が早い分、帰りも明るいうちに帰れるからとても嬉しい。

「お疲れ様でした…」

着替えを終えた後、室内にいる先輩方に挨拶してからそこを出た。

昼間に交わした副社長とのほんの短いやり取りを反芻しながら、幸せな気持ちで家路を辿る。
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