ありふれた恋。
「ゆっくり休め」
陽介の声に素直にうなづいて、そっと玄関の扉を閉めた。
せっかくの陽介とのお出掛けを台無しにしてしまった…。
弱き心のせいだ。
陽介に本気で好きな人がいると分かり、今更ながら落ち込むのは、少しでもこの恋が実るかもしれないとどこか期待していたせいだ。
甘い期待を捨て去り切れなかったことに痛みが伴う。
「おかえり」
リビングの前を通ると、母の声がした。
そうだ。
母に聞かなければいけないことがあるのだ。
さっさと部屋に引きこもりたい気持ちを抑え、リビングのソファに座る。
「陽介の家を訪ねたって、どういうこと?」
「気になったからよ」
母は読んでいた本を閉じると、言った。
「あなたがたまたま彼のマンションに入って行くのが見えて後を付けたの。若い男の子の家に頻繁に出入りしているのだと、心配になったのよ」
「……」
余計なお世話だ。
心配なんて、してないくせに。
「心配だったから、陽介を訪ねたの?」
なんて陳腐な理由だろう。
「そうよ、後日伺ったわ。あなたの親だとは伏せて彼と話したの」
突っ込みどころが満載の母の話しを黙って聞いていた。
私を陽介のマンションで見かけて数週間後、母はまたその周辺に出向いたそうだ。
マンションから出てくる陽介と接触できたのは偶然だと言い張るが、そんな都合のいいことが度々起きるのかは疑問だ。
道を聞くフリをして母は陽介と言葉を交わしたという。
「まさか彼の方が、覚えていたなんて私も驚いたわよ」
陽介にとっては3分も満たない道案内の説明をした母の顔を覚えていたのか。
クラスメートの顔と名前が一致しない私とは正反対だ。