伯爵令妹の恋は憂鬱
ホーニヒ・シュムック商会の社員はそう多くない。
責任者であるトマスとディルク。それに経理担当、倉庫担当、物流担当、雑務担当の人員が数名ずつで、計十名だ。
もちろん、忙しさに応じて倉庫・物流部門には日雇いが入るが、基本は最小限の人数で回している。
商会の建物は入ってすぐに大きな部屋があり、入口付近に受付用の机がある。
その奥は衝立で仕切られていて、社員用の机が壁沿いに並び、窓際に応接ソファがある。
経理担当のマルセルはほぼ一日中この部屋にいて、時に来客の対応もする。
奥には、上客用の応接室、トマスとディルクが使う執務室などがあった。
別建てで倉庫や厩舎もあり、敷地自体は結構な広さだ。
今日のトマスは執務室にてお礼状の作成中だ。
大口の取引先には、都度都度の礼儀を欠かしてはならない。
「トマス、もう上がっていいぞ。今日の鍵閉めは俺がやる」
トマスは同じ部屋で、書類の確認をしているディルクに言われて顔を上げた。
「でも、お礼状を仕上げてしまわないと」
「今日中に仕上げることが必要な案件ではないな。最近、遅くまで残っているじゃないか。たまには早く帰らないと奥方に呆れられてしまうぞ、新婚なんだし」
「ですが」
「おいおい、まさかもうケンカしたわけじゃないだろうな」
「ケンカはしていません」
これ以上反論していると突っ込まれそうなので、トマスは途中のものだけを仕上げて、執務室から飛び出した。