伯爵令妹の恋は憂鬱
2.使用人とお嬢様
「ここは本邸より寒いですから、きちんと肩まで布団をかけて寝るんですよ? 明日は八時には起こしに来ますからね」
「はい」
「寒ければ毛布を持ってきます。メイドにでも言いつけてください」
「はい」
食事を終えたあと、部屋に戻るマルティナをトマスは当たり前のように部屋の前まで送った。まるで幼児にでもするような注意をしてから、改まってローゼに頭を下げる。
「ではローゼ様、よろしくお願いします」
「様はやめてください。以前は呼び捨てで呼んでくれたじゃないですか」
「それはメイド時代の話でしょう。さすがにディルク様の奥方を呼び捨てにはできませんって」
人形のような美しい造作を持つローゼが笑うと、男性は心ときめくだろう。女のマルティナが見てさえ、ドキドキしてしまう。もちろんローゼはディルクの妻なのだから心配することは何もないのだが、二人が親し気に話しているのを見るだけで、マルティナの胸にはさざ波が立つ。
わざわざ自分のために親切でついてきてくれたローゼにまで嫉妬まがいの感情を持つ自分が情けなくて、マルティナの胸はうずうずする。
これ以上、二人に楽しそうに話してほしくない。
「……トマス、もう行って」
マルティナが絞り出した声は、聴いているものはとても不機嫌そうに聞こえただろう。