伯爵令妹の恋は憂鬱
「興奮してるのかな。よしよし」
トマスの声に、馬たちは急におとなしくなる。トマスが綱を引くと素直についてきて馬房の中へと入った。
「助かるよ。あんた、馬の扱いが上手だな」
「こういった仕事を本邸でもするんだ」
馬丁からの質問に答えながら、トマスは少しぼうっとしていた。
先ほど、マルティナに追い出されたことが、ひそかに胸のとげになっている。
いつもおとなしく、人を気遣って言うことばかり聞く令嬢だ。あんな言い方をするのは珍しい。
(子ども扱いしすぎたかな)
ローゼにもぬいぐるみのことで苦言を呈された。「女性の十六歳は立派な大人ですよ」と。「贈るなら花にすればいいのに」とも言われた。
言われてみれば、確かに十六歳は子供ではない。エミーリアなどは、そのころすでに社交界デビューを果たしていた。
(とはいえ、……どう扱えばいいかなんてわからないな)
マルティナが初めてクレムラート伯爵邸にやってきたとき、彼女はまるきり少年のようで、とてもオドオドしていた。言いたいことは、人の顔色を見て言ってもいいか考える。トマスの見たところ言えていないほうが多かった。人から邪魔だと思われないように、存在を消そうとする。
それはベルンシュタイン家の子供たちにはない気質で、トマスはとっさにこの子を守らなければならないと思ったのだ。
そのせいもあってか、マルティナはすっかりトマスに懐いた。
やがて女性らしくなり、時折ただの甘えの視線とは違うものも感じないわけではない。
しかし、トマスはあくまでも使用人だし、まして十歳も年が離れている。マルティナの相手にはなりえないのだ。
子供としてみなければ何かのバランスが崩れてしまう。