伯爵令妹の恋は憂鬱
「おばあさまの容態次第だな。北の別荘地までの距離を馬車に乗って、腹の子に何かあっては大変だ。まして季節柄、いつ雪が降るかも分からない。また連絡するから、それまでおとなしく待っていてくれ」
「でも」
「……大丈夫。人の死には慣れている」
フリードは何気なくそういうと、身支度を続けた。
まだ二十二歳のフリードにとって、血のつながりのある人間は極端に少ない。病の淵にいる祖母・リタと、父親違いの妹・マルティナだけだ。
父親が死ななければ爵位を継承できない貴族制度では、この年齢で伯爵位を持っている人間は少ない。そのため、フリードは同年代の貴族子息からはうらやましがられてきた。
家族を失う意味など考えずに、爵位の有無に気を取られ羨む彼らを、フリードは半ば呆れて見ていた。
考え事をしていたら、いつも間にかエミーリアが眉根を寄せている。
「もうっ」
彼女の腕はフリードの腰に回されていたが、顔を確認するくらいの余裕がある。
どうやら背中に抱き着こうとしたようだが、腹がつっかえて密着することができなかったらしい。
「どうした」
「だって。こんな時こそあなたと一緒に行きたいのに。一人で待っていなきゃいけないなんて……」
言ったとたんにエミーリアはお腹を押さえ、唇を真一文字にして黙った。
フリードはますます不思議に思い、くるくる表情を変える彼女を見返した。
「どうした、今度は」
「赤ちゃんにまで怒られたわ」
エミーリアが、フリードの手を取ってお腹にあてさせる。すると彼の手にも、お腹の中からの小さな振動が伝わってきた。「怒って蹴っているのよ」とエミーリアは唇を尖らせる。