伯爵令妹の恋は憂鬱

マルティナもトマスになにかあげたかった。けれど、買った革ひもはまだ加工していないから渡すことができない。でも今何か返したいのに。トマスにも喜んでほしいのに。

短い葛藤の間の百面相にトマスは気づいていなかった。


「あはは。私がお金を出したわけでもありませんから、お礼なんておかしいですよ」

「でもトマスが好きなものを買えばよかったのに」

「私はいいんです。お礼をと思うなら笑っていてくださいよ」

「え?」


思わず顔を上げると、トマスはいつものようにニコニコ笑っていた。そこに、特別な愛情は感じられない。だけどマルティナの心臓はますます激しさを増している。


「従者は主人が楽しそうなのが嬉しいもんなんです」


そんなことを言われたら、ますます嬉しくなってしまう。

だったら自分が笑えば彼も笑ってくれるのか。
マルティナは思い切ってトマスを見上げ、笑って見せた。だけど、“笑わなきゃ”と意識しての笑顔はぎこちない。トマスは一瞬吹き出しそうになって、顔を背け、そのあと柔らかく笑い返した。


「はは。ありがとうございます。さ、こちらはお土産ですね。エミーリア様もフリード様も喜びますよ」


そしてお土産分の紙袋をマルティナの手の上に乗せる。

馬車を厩舎に置いてくる、というトマスとは玄関前で別れた。
マルティナは何度も髪飾りに手を触れては人に見られないようにこっそりとほほ笑んでいた。
だって、トマスがマルティナに選んでくれたものだ。たとえそれがエミーリアと同じものでも、お金は伯爵家から出ているとしても、マルティナにはうれしかった。
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