伯爵令妹の恋は憂鬱
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フリードとトマスが帰ってきたのは、その日の昼だった。
「おばあさまはお亡くなりになられた」
フリードは疲れ切った顔で開口一番そう告げると、あとは黙ってアントンに上着を渡す。心配したエミーリアが兄を追いかけたが、マルティナはどんな顔をしたらいいのかわからずに立ちすくんでしまった。
兄にとっては祖母。しかし、マルティナにとっては血のつながりはない形式的な祖母だ。しかも愛人の子であるアルベルトと自分の子の妻との間にできた娘ということで、リタはマルティナのことを認めてはいなかったし、話したこともほとんどない。
「葬儀はここで行う。ディルクが来てくれたから、別荘での処理に関しては任せることにした。明日にでも遺体は運び込まれるだろう。アントン、葬儀の手配をするから、教会に連絡を」
「はい」
アントンとフリードの間にエミーリアが割り込む。
「手伝うわ。フリード」
「だが、君は今無理をすべきじゃない」
「座ってする仕事ならできるわ。あなたこそひどい顔をしているじゃない。まずは休んで」
夫を気遣い、無理やりにでも休ませようとするエミーリアはフリードを追い立てていく。
置いて行かれる形となったマルティナは、同じく残されたトマスに目をやる。
フリードを見送っていた彼の視線は、直ぐにマルティナのもとに届く。穏やかな微笑みを見て、マルティナはホッとした。
「マルティナ様。黙っていなくなってすみませんでした」
トマスと彼女の身長差は三十センチほどあり、彼はマルティナと話をするときは、さりげなく前かがみになる。
「いいの。それより、トマスも疲れたでしょう」
「これくらい大したことありませんって」
大きな体に対して、優しい顔を見せる。だが、寝不足なのは見て取れた。
汗を拭いてあげたい衝動にかられつつ、マルティナは今ハンカチを持ってないことを心から残念に思った。