略奪連鎖
 6歳年上の孝之は当時30歳だった。

 英語は勿論、中国語も堪能だった彼は主に外国人ゲストの案内や接客を担当し、客室係りをまとめるマネージャーを務めていた。

 当時、客室係りだった私はゲストを部屋まで案内し、退室したところで急な眩暈に襲われた。

 ぐらぐらと景色が歪む。まるで地震のようだった。歩くことも立ち上がることも出来ず、その場にうずくまっていたところ、同じエグゼクティブフロアに宿泊する外国人ゲストを案内していた孝之に発見された。

「神崎さん、大丈夫?」

 孝之がすぐさまインカムでスタッフに連絡すると、2分足らずで他の客室係りが駆け付けた。さすが星が何個も連なるハイクラスホテル。仕事が速い、と朦朧とする頭で場違いな思いがよぎった。

 私のこの症状は貧血によるものだった。

「血圧が随分下がってたみたいだけど、ちゃんと食事摂ってるの?」

 医務室のベッドで処置を受け、横になっていたところ孝之がやって来た。

 ベッドから起き上がろうとする私に「そのままでいいよ」と促した孝之はベッド脇に置かれたスツールに腰かけた。

 予期せぬ失恋の後遺症は私から食欲を奪っていた。

 朝食の野菜ジュースだけで一日を過ごしていたせいか、体重はこの1ヶ月で5キロ近く減り、制服のスカートはぶかぶか、同僚たちから「最近痩せたんじゃない?」と指摘されたばかりだった。
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