略奪連鎖
 孝之には彼より2歳年下である28歳の恋人がいた。

 宝石店に勤務しているとスタッフの噂話で小耳に挟んだことがあった。

 小柄な女性らしく、長身の相坂マネージャーと並ぶと父と娘みたいだったとも。

 けれど噂によれば「凄く可愛い人」のようだ。彼女を見掛けたことがあるというスタッフたちは皆、判で押したような感想を口にしていた。

 孝之とプライベートで会うようになって以来、彼女の存在が針で刺されたかのようにチクチクと胸に痛かった。

 彼女について私が訊けば孝之はきちんと話してくれただろう。けれど彼の口から「彼女」という言葉を聞きたくなかったし、私以外の女について語る孝之の姿を見るのが、怖かった。

 5度目か6度目の食事の後だった。

「帰りたくない」と車の中で呟く私に「どうしたい?」と孝之から訊かれた。

「今夜、一緒にいてもらえませんか」

 彼を見つめると一拍の間をおいて「いいよ」と頭を撫でられ、そして私は初めて孝之の部屋に招かれた。


 ごめん、少し待ってて、と玄関先で入室を止められた。

 先に部屋に入った孝之は彼女の私物を片付けていたのだろう。それが何だか寂しくて、切なくて、浮かれていた気持ちに水を差されたようだった。

 けれど私に咎める権利がないのは承知していた。彼女からしてみれば、私は孝之に付きまとう害虫みたいなものでしかない。

 5分ほどして部屋に通された。縦長の広めのワンルーム。室内はすっきりと片付けられていて、一番大きな家具と言えばダブルベッドだった。
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