片想いウイルス(短編集)
バレンタインにお餅
【バレンタインにお餅】
「鈴村さん、チョコありがとねー、じゃあお先~」
ご機嫌な様子の先輩に声をかけられ、顔を上げた。
先輩が帰ると、オフィスにはもう同期の二階堂とわたししか残っていなかった。
出張から帰って来てその報告書を書いていたら、いつの間にか終業時間を大幅に過ぎてしまっていた。
二階堂もわたしのすぐあとに出張から帰って来ていたけれど、やつもまだ報告書が仕上がっていないようだ。
まあ、帰って早々女子社員に群がられて大量のチョコをもらったり食事に誘われたり。男性社員には出張土産をねだられたり。
早く仕事に取りかかりたいだろうに、ちゃんと一人一人に「サンキュー、飯はそのうちな」「土産なんて買う時間ねぇよ」と答えてあげるのが、なんとも二階堂らしい。
仕事ができてイケメンで面倒見が良くて情に厚い。社内で一、二を争う人気者だ。
口調はちょっと乱暴だったりするけれど、そんなことは気にならないくらいいいやつだから、みんな二階堂を好きになる。理由はよく分かる。だって甘い物は苦手なはずなのに、もらったチョコは毎年全部、
「おい」
「え?」
思考の途中で突然声をかけられ顔を上げると、二階堂が不機嫌な顔をして、すぐ隣に立っていた。
「え、なに、どうしたの?」
「おまえさぁ……。今日が何月何日だか知ってんの?」
「二月十四日だけど」
「じゃあ今日が何の日かも知ってるよなぁ?」
「そりゃあまあ。女神ユーノーの祝日で、司祭ウァレンティヌスが処刑された日だよね」
「そこまで知ってるのに、おまえは今年も……」
ここまで話すと、二階堂はあからさまに大きいため息をついて、頭を抱える。
「どうしたの、二階堂……」
「いや、それはこっちのセリフなんだけど……」
「ええ?」
いつもとは明らかに違う様子に戸惑っていると、二階堂は眉間に皺を寄せ、さらに不機嫌な顔でわたしを見下ろし、
「なんで女神や司祭のことまで知ってるのに、毎年毎年チョコの用意がないんだよ……!」
突然声を張り上げた。
「しかもおまえ、先輩にはちゃっかりチョコ渡してんじゃねぇか! 先輩には渡すのに、同期の俺には毎年なし! 義理チョコもなし! 先輩が本命だとしても、義理でチョコのひとつでも渡すもんだろ! 同期で同じ部署にいるのは俺だけなんだからよ! それともなにか、俺は義理チョコすら渡すに値しないちっぽけな存在ってことか?」
「え、ええ……?」
あまりに突然の、怒涛の主張だったから、わたしはすっかり圧倒され、うまく言葉が出てこない。
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