片想いウイルス(短編集)
そんなことを考えながら帰り支度をしていたら、一足先に支度を終えたらしい二階堂が、すたすたと歩き出した。荷物も持たずにどうしたのだろう、と無意識にその姿を目で追う。
二階堂は無言のまま、出入り口の近くにある打ち合わせ用のテーブルに歩み寄り、そこから何かを手に取り、素早くそれをポケットに突っ込んだ。そして何事もなかったように「支度できたかー?」なんて言いながらデスクに戻って行く。
でも見た。見てしまった。あのテーブルの上にあったのは、わたしが持って来たお土産――バレンタイン用のチョコ菓子だ。甘い物は苦手なのに。明日コーヒーを差し入れると言ったのに。二階堂も二階堂で、相当大きなお餅を焼いているらしい。
それが分かったら、なんだか無性に可愛がりたくなって。悔しい気持ちがすうっと消えていったから。急いでコートとバッグと、結局食べられなかった二階堂からのお土産を持つと、やつに駆け寄った。
「ねえ」
「ああ?」
「週末、予定ある?」
「いや、特にないけど」
「じゃあデートしようか」
「……は?」
「デート。しよ」
「……別に、良いけど……」
二階堂の返答は素っ気なかったけれど。みるみるうちに耳が赤くなっていったから、ちゃんと照れているらしい。
そしてわたしたちは、知り合って六年にして、初めて並んでオフィスを出た。
この六年で、好きな食べ物や嫌いな食べ物、大体の性格や仕事中の様子は充分知れた。
でもこれからは、知らなかったことをたくさん知って、色々な初めてを経験していくだろう。それが楽しみで仕方ない。
思わず隣を歩く二階堂を見上げると、優しい顔で見下ろされた。これも、初めてのことだった。
(了)