片想いウイルス(短編集)


「そんなこと書いてたら、先生に怒られるぞ」

「川本も先生って呼ぶんだ」

「はあ?」

「先公とか言いそう」

「偏見だし、おまえそれ昔の漫画とかドラマの観過ぎ」

「でも実際、副担の佐知子先生のこと、さっちゃんって呼んでるじゃない。日本史の信一郎先生は信ちゃんだし」

「人と名字によるな。さっちゃんの名字は長いし、信ちゃんの名字はまず読めない。でも先公なんて呼んだことはねーよ」

「あー、先公早く席替えしてくれないかなー」

「おまえが先公とか言うな」

「だって川本が前の席だと、授業に集中できない」

「おれのせいにすんな」

「間違いなく川本のせいだよ。あんたが背中から妙なフェロモン飛ばすせいで、この席になってからどきどきしっぱなしで目が離せない。もう、なんなの川本のそのフェロモン。いい加減にしてほしいわ」

 そう言って澤村は口を尖らせながら日誌に視線を戻したけれど……。


 さぁて。この、たぶん本人は気付いていないであろう遠回しの告白を、どうしてやろうか。

 おれも後ろの席のおまえが気になって仕方ない、なんて言ったら、どんな顔をするだろうか。それとも、未だに心の中でしか呼んだことがない名前を、呼んでやろうか。

 なんだかさっきから、妙に顔が熱くて、心拍数が上がっている。もしかしたらおれも、高熱で早退した木村や、風邪で欠席の岡本のように、何かのウイルスに感染してしまったのかもしれない。


「……春菜」

 澤村は弾けたように、顔を上げた。





(了)
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