片想いウイルス(短編集)
次の朝、彼女は僕よりずっと早く起きて、朝食の支度をしたあと、僕の脇腹を思いっきりくすぐりながら「朝だよ祥太くん!」と元気良く起こしてくれた。
付き合い始めてけっこう経つのに、彼女が僕の名前を呼ぶのは、抱き合うときや、朝僕を起こすときだけ。抱き合っているときは気分が高揚しているし、朝は寝起きが悪くてなかなか覚醒しない。そんなときにしか名前を呼んでくれないなんて、彼女は相当照れ屋で意地悪だ。
まあ僕も僕で、彼女の名前を呼ぶのは抱き合っているときか、彼女の健やかな寝顔を見ているときだけなのだけれど。
くすぐられて大笑いしたために浮かんだ涙を拭いながら起き上がると、彼女は「もう行くから朝ごはん食べてね」とエプロンを外しながら言う。
ここで食べて行けばいいのに、三十五分かけて自宅に帰って支度をして出勤となると、ここで引き留めるわけにはいかない。それをいつも残念に思っている。
から。
「ねえ、笹井さん」
「うん?」
「バレンタイン、ありがとう」
「え、うん、どういたしまして」
「ホワイトデーのお返しで考えてること、言っていい?」
「うん」
「ホワイトデーっていうか、その近辺に、ふたりで暮らす部屋、探しに行こう」
「……へ?」
「笹井さんさえ良ければ、だけど……」