片想いウイルス(短編集)
「はあ、オマエね」
オマエ、か。オマエね。ていうか……オマエって何だろう……? そういう名が付くものを、わたしは知らない。もしかしたら暗号なのかもしれない。
二階堂のやつ、出張終わりで疲れて脳の働きが鈍くなっているというのに、よく分からないものを要求しやがって。
まあ、知らない単語は調べればいい。「ちょっと待ってね」と断ってからパソコンに向き直り「オマエ」を検索してみる。
予測変換でまずはじめに「御前崎」が出てきた。
御前崎とは静岡県駿河湾と遠州灘を分ける岬。隆起海食台地で灯台がある、とのこと。そして静岡県南部にある市の名前が「御前崎市」で、お茶やメロンの栽培が盛んらしい。
さすがに二階堂が町を欲しがるとは思えない。バレンタインの贈り物に街を欲しがるなんて、どんな富豪だ。こわいわ。
ということは、御前崎市で作られているというお茶やメロンか。よし、これならわたしでも用意できる。そして明日二階堂が好きなコーヒーを差し入れることになっているから、お茶ではなくメロン。答えはメロンだ!
いや、待てよ。「オマエ」や「御前崎」になって「メロン」になるというのは回りくど過ぎる。普通に「静岡県に行きたい」ということではないだろうか。
それなら答えはストレートに「静岡行きの乗車券」だ! これも用意できる。
「ペアチケットでいいのかな? でも忙しいのに旅行する時間とれるの? ああ、有給か。確か使ってなかったよね」
二階堂に向き直りながら聞くと、彼は「はぁ?」と呆れているような声を出し、眉根を寄せた。
「え? 静岡行きのチケットが欲しいんだよね?」
「なんでそうなるんだよ……」
どうやら違うらしい。
「じゃあメロンってこと?」
「全然意味が分かんねぇんだけど……」
こっちも違うらしい。じゃあお手上げだ。せめて疲れが一切溜まっていない時間帯に暗号を出してくれれば良かったのに。
もう一度考えようと、パソコンに身体を向けると、二階堂はあからさまに大きいため息を吐く。
「鈴村って仕事もできるし普段はしっかりしてるのに、たまにアホの子になるよな。なんなの? 出張疲れ?」
「いや、まあ疲れてはいるけど……。分かってるならもっと分かりやすい暗号出してくれれば良かったのに」
「暗号出したつもりは一切ないんだけど」
「ええ、そうなの?」
二階堂はもう一度ため息を吐くと、わたしが座るオフィスチェアの背もたれを持ち、くるりと回して向かい合う。そしてわたしの目をじっと見て、……
「じゃあ分かりやすく言うぞ。……何でもくれるなら、俺は鈴村佐都子が欲しい」
「……へ?」
「もらってもいいか?」