navy blue〜お受験の恋〜
信号が青になったので、可那は友利から手を離し代わりにまたぴったりと寄り添い歩き出す。
友利は今日もタクシーに乗って自宅へ帰ってしまうのだろうか。
そうだよ、と言われるのが嫌で声に出して聞けない。
どうすれば、私の部屋に寄ってもらえるだろう、あの日の続きが出来るだろう、歩きながら可那は頭を忙しく働かせる。

あの時の記憶は未だに鮮明で、今でもリアルに感触すら思い出せる
6年前も今日と同じ居酒屋で部内の送別会が行われた。
その日も雨で、会社に傘を置いてきてしまった友利をタクシーの多い所まで送っていく途中に、キスをされたのだ。

2人でタクシーを止めようと道端で立ち止まった後、友利が突然傘で視界を遮った。

その友利の作った空間の中で、見つめあっていたらまるで魔法をかけられたように動けなくなり、気がついたらキスされていた。

それは後で考えれば嘘のように一瞬の出来事だったしお互いに酔っていたせいだと思って封印してその後の6年間、何も無く過ごしてきたけど今日こそ何も無しだなんて絶対に嫌だ。

あの日のその場所がもう、すぐそこに迫っている。
友利も同じ気持ちでいてくれたらいいと願いながら、可那は彼の腕を掴み足を止めた。
友利が可那の方を向く。
そのまま2人で向かい合い見つめ合った。

今日もきっとキスをされる気がする、そう思いながら、可那は友利の目を覗き込む。
じっと見つめられている事に我慢できなくなって可那は彼の背中に腕を回した。
ぴったりとくっついて、その香りを思い切り吸い込む。
アデールオムの匂いに溶けてしまいそうになりながら、友利の胸元に自分の耳をくっつけた。

「あったかい。ふふ…。」

脂肪のない、細身の感触からどんな体なのか想像が出来るようだった。

「友利さぁん。」

思い切り甘えた声を出して友利を見上げると、彼は困ったような顔をして立ち尽くしていた。
それから腕時計をチラッと見て、「南、タクシー停めていいかな?」と静かに言った。

可那が身体を離した途端、すぐにタクシーが止まり後部座席のドアが開いた。
まるで魔法のようだった。

「南、家の前まで乗っていく?」

可那は呆然としたまま首を横に振った。

「じゃあこれ、使って。」

友利が差し出した傘を可那は受け取る。

「気をつけて。またプレス発表会でね。」

そう言って涼しげな表情で片手を上げて、友利はタクシーに乗り込み行ってしまった。

あっという間に1人取り残された可那は、友利の妻が用意したという傘を握りしめ、魔法がとけたあとのようにしばらくその場から動けなかった。
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