navy blue〜お受験の恋〜
その公園は、サンライズのビルから駅へ向かう途中にある公園で、お教室の後に何度か乃亜と立ち寄った事もあり、みちかはよく知っていた。

関崎の思惑がいまいちよく分からなかったのだが、小声で言われると何となく素直にその通りにしなくてはいけないような気持ちにさせられる。
言われた通りその小さな公園に着くと、どこで百瀬を待てば良いのか分からずみちかは何となく居場所を探していた。
百瀬はこの近くに住んでいるのだろうか。
冷たい風がプリーツのロングスカートを揺らす。
さっきから急に雲行きが怪しくて、傘を持って来なかった事を後悔していた。
一目会うだけなのだから、降ってくる前にはきっと家に着いてるだろう、そんな事を考えながら気持ちを落ち着かせようとする。
みちかはいつもより緊張していた。
手持ち無沙汰に手元を見ると、一昨日塗ったネールがほんの少し剥がれている。
がっかりしながら薄いピンク色を指でなぞり、ふと顔を上げると百瀬がこちらへ歩いてくる所だった。
毎日のように思い返していた淡い面影が実物となってくっきりと目の前に現れる嬉しさ。
百瀬のそのいつも通りの笑顔に、みちかは肩の力が抜けていった。
目が合うと自然と口元がほころんでしまう。
自分はただ理屈抜きで彼の事が好きなのだ。

「友利さん、わざわざすみません。」

「こちらこそ、お休みされていたのに、返って申し訳ありません。あの…お借りしていたルツ女の文集を、私うっかりしまい込んでしまっていたようで。大切な物なのに本当にごめんなさい。とっても素晴らしい内容でした。ありがとうございました。」

みちかがルツ女の文集を封筒から出して見せると、百瀬は思い出したように「あぁ。」と小さく叫んだ。

「これでしたか、すっかり忘れてました。ご丁寧にありがとうございます。」

百瀬が両手で丁寧に文集を受け取り頭を下げる。
スモーキーブルーのニットをさらっとラフに着ただけの百瀬は、なんだかいつもより無防備でみちかはドキドキした。

「今年の聖セラフの倍率は、ルツ女と変わらなかったそうです。ルツ女に受かっても聖セラフが残念だった子も居たくらいです。B日程は特に狭き門でした。乃亜ちゃん、本当に頑張りましたね。」

「先ほど関崎先生もそう言ってくださいました。乃亜は、運が良かったんです。百瀬先生に出会えて、聖セラフに出会えて、ご縁があって。幸せ者ですね。」

みちかの言葉に、百瀬が嬉しそうに照れ笑いをして見せた。

「こんな事、生徒のお母様に言うとひいきになっちゃうので良くないのですが…。乃亜ちゃん今まで教えた子の中で一番可愛く感じていたんです。素直だし…話しもしっかり聞けるし、それ以上に愛らしいというか。だからどうしても受かって欲しかったんです。ご両親のご希望通りにルツ女に決まって欲しい気持ちももちろんありましたし指導もしていましたが…、本心は聖セラフに行って欲しかったので。だから聖セラフに決まって、本当に嬉しかったんです。」

みちかは頷いた。
大好きな百瀬の声を、いつまでも聞いていたい。

「先生、私…。」

声が震えてしまいそうで口籠る。
百瀬の大好きな垂れ目がじっと優しくこちらを見つめているのを感じた。
これだけは伝えたいし、今しかない、とみちかは思った。
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