navy blue〜お受験の恋〜
それからお風呂に入り、ベッドで絵本の読み聞かせをした。
乃亜が寝息を立てた事を確認すると、そっとみちかは起き上がりリビングへと向かう。
時計はぴったり21時を指している。
連絡は無いけれど、今日も悟は遅いだろう。
冷蔵庫を開け、ラップをかけた悟の夕飯を中に収め、顔に向かってくる冷風を感じながらみちかは立ち尽くした。
ガラスのジャーに入った赤い柘榴のエキスとペットボトルの海外の炭酸水が視界に入る。
それらに手を伸ばそうとして、昼間のゆり子の言い放った言葉としほりの嬉しそうな笑顔がみちかの頭をかけめぐった。
『大丈夫?悟くん。変な事言わないかしらねぇ。』
『実は今、2人目を妊娠していて6ヶ月なの。』
ため息をつき、そして冷蔵庫の隅に並んでいるゴールドの長い缶に手を伸ばす。
パタンと冷蔵庫を閉める音が静かなリビングに響いた。
リビングの椅子に腰をかけ、みちかは静かにグラスにビールを注ぎ、一気に半分近くを飲み干した。
ふぅと小さく息を吐いて、目の前の本棚を見つめる。
明日の朝、乃亜が解くワークを準備しよう、何にしよう、そう考えようとするのに考えなくてはいけないのに、頭の中で大きな重い風船が膨らんでそれ以外のことを考えられないように支配していくようだった。
「いいかい?あの人の子供は、もう生んじゃだめだよ。」
それはいつかゆり子がみちかに言った言葉だった。
まるで白雪姫に出てくる魔女が言いそうなセリフだとみちかは思った。
みちかの喉をビールの泡が通過していく速度が徐々に早まっていく。
立ち上がり、冷蔵庫を開け次の缶に手を伸ばす。
悟は遅いからまだ大丈夫、今日はこれで終わりにしよう。
新しい缶を開け、苦味を感じるたび頭がクラクラとしていく。
みちかが乃亜を生んでから、ゆり子と悟は不仲になった。
ゆり子の中の『理想の父親像』と悟とが大きくかけ離れていたのが悪かったのか、たとえ義とはいえ母親としてゆり子を上手に敬う事が出来ない悟が悪かったのか、きっとどちらもだろう。
乃亜が生まれてから悟の仕事はより忙しくなり、悟とみちかは別々の部屋で眠るようになった。
ゆり子がみちかに放った魔女のようなセリフは悪い魔法となってみちかと悟をも脅かした。
もう、何年もみちかは悟に触れていなかった。
悟はみちかに触れようともしなかった。
乃亜を身籠ってから一度も。
だけどそれは自分達だけじゃないとどこかで思っていた。
世の中の夫婦には、ありふれた事なんじゃないか、と。
妹夫婦だってきっと。
2本目の缶を持ち上げるとすでに軽く、みちかは立ち上がり冷蔵庫へと向かった。
本当にこれで最後にしようと決め、重たくて冷たい缶をみちかは握りしめる。
テーブルにつくとみちかは深呼吸をした。
スマートフォンを手繰り寄せ、桜貝色に塗られた爪で、桐戸紡久という文字を液晶画面に叩き出す。
暗く刺々しい気持ちが薄れ、脳が艶やかに色づいてくるまでみちかは彼の歌声を聴き続けた。
乃亜が寝息を立てた事を確認すると、そっとみちかは起き上がりリビングへと向かう。
時計はぴったり21時を指している。
連絡は無いけれど、今日も悟は遅いだろう。
冷蔵庫を開け、ラップをかけた悟の夕飯を中に収め、顔に向かってくる冷風を感じながらみちかは立ち尽くした。
ガラスのジャーに入った赤い柘榴のエキスとペットボトルの海外の炭酸水が視界に入る。
それらに手を伸ばそうとして、昼間のゆり子の言い放った言葉としほりの嬉しそうな笑顔がみちかの頭をかけめぐった。
『大丈夫?悟くん。変な事言わないかしらねぇ。』
『実は今、2人目を妊娠していて6ヶ月なの。』
ため息をつき、そして冷蔵庫の隅に並んでいるゴールドの長い缶に手を伸ばす。
パタンと冷蔵庫を閉める音が静かなリビングに響いた。
リビングの椅子に腰をかけ、みちかは静かにグラスにビールを注ぎ、一気に半分近くを飲み干した。
ふぅと小さく息を吐いて、目の前の本棚を見つめる。
明日の朝、乃亜が解くワークを準備しよう、何にしよう、そう考えようとするのに考えなくてはいけないのに、頭の中で大きな重い風船が膨らんでそれ以外のことを考えられないように支配していくようだった。
「いいかい?あの人の子供は、もう生んじゃだめだよ。」
それはいつかゆり子がみちかに言った言葉だった。
まるで白雪姫に出てくる魔女が言いそうなセリフだとみちかは思った。
みちかの喉をビールの泡が通過していく速度が徐々に早まっていく。
立ち上がり、冷蔵庫を開け次の缶に手を伸ばす。
悟は遅いからまだ大丈夫、今日はこれで終わりにしよう。
新しい缶を開け、苦味を感じるたび頭がクラクラとしていく。
みちかが乃亜を生んでから、ゆり子と悟は不仲になった。
ゆり子の中の『理想の父親像』と悟とが大きくかけ離れていたのが悪かったのか、たとえ義とはいえ母親としてゆり子を上手に敬う事が出来ない悟が悪かったのか、きっとどちらもだろう。
乃亜が生まれてから悟の仕事はより忙しくなり、悟とみちかは別々の部屋で眠るようになった。
ゆり子がみちかに放った魔女のようなセリフは悪い魔法となってみちかと悟をも脅かした。
もう、何年もみちかは悟に触れていなかった。
悟はみちかに触れようともしなかった。
乃亜を身籠ってから一度も。
だけどそれは自分達だけじゃないとどこかで思っていた。
世の中の夫婦には、ありふれた事なんじゃないか、と。
妹夫婦だってきっと。
2本目の缶を持ち上げるとすでに軽く、みちかは立ち上がり冷蔵庫へと向かった。
本当にこれで最後にしようと決め、重たくて冷たい缶をみちかは握りしめる。
テーブルにつくとみちかは深呼吸をした。
スマートフォンを手繰り寄せ、桜貝色に塗られた爪で、桐戸紡久という文字を液晶画面に叩き出す。
暗く刺々しい気持ちが薄れ、脳が艶やかに色づいてくるまでみちかは彼の歌声を聴き続けた。