navy blue〜お受験の恋〜
跳び箱に平均台、そしてマットなど今日使う用具を一通り並び終える頃には友利乃亜以外の生徒は全員教室に揃っていた。
いつもは一番にやってくるのに遅いなぁ、と時計に目をやり百瀬は首をかしげた。
壁に貼られたカレンダーを見て、そういえば今日は、聖セラフ学院小学校の学校説明会だ、と思い出し一人納得した。

その時、ドアが開く音がして友利みちかが体操着の乃亜の手を引き教室に遠慮がちに入ってきた。

「遅くなり、申し訳ございません。」

小さな声でそう言いながら、百瀬とほかの保護者に頭を下げる。

くるみボタンの上品な濃紺のスーツ姿の友利みちかに百瀬は思わず目を奪われた。
いつもはおろしているのに、綺麗に頭の低い位置で束ねられた長い髪も新鮮だ。
膝より丈の長いスカートで、そっと椅子に腰を下ろすその仕草に、自分の心臓が高鳴るのを感じた。

保護者のお受験スーツ姿なんて、見飽きるほど見ているのに、こんなにもドキドキするのは何故なのだろう。
友利みちかと目が合い、百瀬は思わず手元の名簿に目線をやってしまった。
顔が熱い。
いつものように笑いかける事のできない自分を呪いたいとすら思う。

「ええと、では、今日のお稽古を始めます。みなさん立ちましょう。お名前を呼びます。」

百瀬の気持ちなど全く気づかない子供たちは元気よく立ち上がり返事をした。


「友利さん、聖セラフいかがでしたか?」

お稽古後、保護者向けの総評が終わり、皆、教室をぞろぞろと出て行く中、手帳をバッグへとしまう友利みちかに百瀬は声をかけた。

友利みちかが顔を上げ、百瀬の目を見る。
その目がとても嬉しそうに笑った。

「はい、百瀬先生のおっしゃる通りで…聖セラフ、とても良い学校ですね。学校見学ということも忘れて親子で楽しんでしまいました。」

「そうですか、それは良かった。敷地広いですよね。馬は見ましたか?」

1歩、2歩、と友利みちかに歩み寄りながら百瀬は聞いた。
最後の保護者が出て行き、教室は2人きりになる。

「見ました。馬に触れて、乃亜が大変喜んでいて…。絶対にあの学校に行きたいって、帰りの電車で言っていた程です。」

「そんなに?乃亜ちゃん本当に気に入っちゃったんですね。」

ははは、と百瀬が笑うと友利みちかが少し困った顔になった。

「私も、伸び伸びした校風を目の当たりにしましたら、乃亜のためにも聖セラフはとても良いんじゃないかなと今日感じました。主人に話してみないと…と思っております。」

主人という単語に、百瀬の胸が少しだけ痛んだ。

「そうですか。ご主人さまも賛成してくださると良いですね。」

百瀬の言葉に、友利みちかは小さく頷きみるみると不安そうな表情に変わる。
あぁ、なんて可愛いんだろう、百瀬はじっと友利みちかの目を見つめた。

「主人は、ルツ女にかなり心が決まっているんです。聖セラフの良さを上手に話せるか、自信がなくて。」

「そうですか。ご主人さまにもぜひ聖セラフの良さを知っていただきたいですね。9月にも説明会はあります。次回はぜひご主人さまもご一緒に行かれるといいですよ。」

百瀬の言葉に友利みちかが頷いた。

「そうですよね。まずは主人に頑張って話してみます。」
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