navy blue〜お受験の恋〜
真っ直ぐな太い眉に、パッチリとした二重の目元、思わず触りたくなるようなぽってりとした唇の可愛らしいモデルの写真が目につき、みちかは雑誌をめくる手を一度止めた。

数日前に見かけた、百瀬優弥の彼女のように可愛くてお洒落な顔だ。

『ジューシーな赤リップに女を上げるツヤめきパールのグロスをオンmellow luxeメランコリックルージュ03&パーリーグロスリュクスGD07』

使用アイテムの欄には悟の会社の化粧品ブランドのアイテムの名が連なり、ページの隅には『私がメイクしました。』と、mellow luxeのブランドディレクター池之内ゆりかの写真も載っている。

モデルのメイクも池之内自身の雰囲気も全てが旬だ、とみちかは感心した。
ページをめくると池之内の特集は数ページに渡って組まれていた。
同年代でこんなにも洗練されていて仕事もバリバリとこなしていて、なんて素敵な人なのだろう、とみちかは食い入るように雑誌を見つめる。

「友利さん、友利みちかさん、1番診察室へどうぞ。」

オルゴールのBGMが流れるだけの静かな待合室に、小さく放送が入った。
自分の名前を呼ばれたみちかは雑誌を閉じて立ち上がる。
元の場所へと雑誌を戻し、1番診察室のドアをノックした。

「どうぞ。」と、いつもの聞き慣れた医師の声が聞こえ、「失礼します。」と、診察室のドアを開ける。

「友利みちかさん、どうぞ、おかけください。」

シャープな顔立ちの女医の涼しい笑顔にほんの少し緊張しながら、みちかは「よろしくお願いします。」と、会釈した。
2つある椅子の片方へバッグを置きもう片方の椅子にそっと腰をかける。

「午前中にした血液検査の結果をお知らせしますね。」

女医はそう言って、デスクのPC画面に目線を向けた。

『更年期を甘く見ると怖いから40歳を過ぎたら定期的にホルモン値を測定した方がいい。』と言ったのは、母親だった。
みちかの母は更年期の症状がとても重くて期間もかなり長かった。
30代半ばにそんな事を言われてもピンと来なかったし、40歳で更年期の事だなんてまだ考えられないと、当時のみちかは思っていたけれど、ここ1、2年で頭痛や動悸を度々患うようになり本当に40歳を過ぎたら自然と婦人科へ通う気になった。

3ヶ月前、初めてホルモン値を測定したら少しだけ問題があって、漢方薬を飲む事になった。
その時はなんだか急に病気になったようでショックだったみちかは「いつまでこれを飲めばいいのですか?」と医師に聞いた。
すると医師は「これから始めるのに、そんな事は分かりませんよ。」と、涼しく笑った。
それから3ヶ月おきにクリニックに通う事になった事は悟には話していない。
なんだか恥ずかしい、という気持ちが大きくてどうしても話せずにいた。

同い年なのに悟はとても若く感じる。
まるで自分だけがどんどん歳を取っているような気がした。
肌や髪や体のハリ、艶、潤い。
悟に出会った頃の自分と、今の自分はきっと全然違う。
色々な事を食い止めるよう、努力をしているつもりだけれど、それが功を成している実感はない。
それは誰かに評価される事が一度もないからかもしれない。

「前回とほぼ変わりませんね。引き続き、漢方を出します。根気よく飲んでください。」

医師はまた、涼しく笑っている。
みちかは素直に頷きながら思った。
今夜は漢方ではなくお酒を飲もう、と。
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