navy blue〜お受験の恋〜
みちかは自分の腕が百瀬に握られている事にただ驚いていた。
教室の隅には、パーテーションがあり百瀬がそれをずらすと、奥には小さなベッドがあった。

「医務室なんです。総評の間、ここで休んでいてください。乃亜ちゃんは僕がお連れしますから。心配しないで。」

百瀬はみちかをベッドに座らせた。
百瀬の手のひらがほんの一瞬、みちかの手を包み込む。
温かい。

どうしてこんな事をしてくれるのだろう。

そう思うと自然とみちかの目から涙がこぼれた。

「百瀬先生…。」

先生には時間が無いのだ、子供たちも保護者も皆んな、彼を待ってる。
分かっているのに涙がポロポロと止まらない。

「乃亜ちゃんの、事ですか?」

百瀬が心配そうな表情でみちかの前にゆっくりとしゃがみ込んだ。
とても忙しいのに、すごくゆっくりと時間を纏っているかのようだった。
育ちの良い優しい人なんだなぁ、とみちかは思いながらハンカチで口元を押さえる。

「ごめんなさい、あの…。お気になさらないで。どうか体育館へお出になってください。」

「分かりました。えっと、あの。」

百瀬は立ち上がり、壁際にある小さな冷蔵庫からペットボトルを取り出すとみちかに手渡した。

「良かったらお飲みになってくださいね。」

百瀬が居なくなり、静かになった教室で、みちかは冷たいペットボトルを握りしめる。
素敵な女の子と並んで歩く悟の見たことのないあの笑顔。
良からぬ想像が次々と頭をいっぱいにする。
見た目が若い悟と彼女は、まるで恋人同士にしか見えなかった。
一体いつからこんな事になってしまっていたのだろう。
みちかの目から涙が溢れ、ペットボトルを握りしめる手の甲を濡らす。
百瀬が両手で包み込んでくれたその手を、みちかはもう片方の手でそっと包み込んだ。
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