焔の指先、涙の理由
△4手 一割を引き寄せろ
星と暮らし、毎日将棋を指すようになって、わたしの棋力は強制的に引き上げられた。
「負けました」
盤に手を掲げ、こくんとうなずくように星は頭を下げる。
その手がそのまま盤を越えて、わたしの頭を軽く撫でた。
「七筋から攻める構想は見事だった」
子ども扱いされている感は否めないものの、その甘みを含んだ声に、わたしも遠慮なく頬をゆるめた。
「うれしい!」
「この分だと王将戦も期待できるな」
ほくほく浮き立つ気持ちに、キリッと冷えたプレッシャーを注ぐことも忘れない。
「……勝てる気がしない」
対戦相手が三井女王に決まり、わたしはあっさりと弱音を吐く。
ところが星は心底不思議そうに言った。
「将棋は強い相手とやるから楽しいんだろ」
それが星にとって絶対の真理らしい。
「強い相手となら毎日やってるもん。それで毎日負けてるもん」
「勝つこともある」
「せいぜい二割、いや一割だよ。三井さんなら星と指し分ける(勝ち星が同数)でしょ?」
宙を仰ぎみて、星はふうっと息をつく。
「いまだったら負けるかもなぁ」
この人でも弱気な発言なんてするのかと、手にしていた桂馬がぽろりと落ちた。
苦笑しながら、星はその桂馬を拾う。
「現役の奨励会三段だぞ。最前線で戦ってる人間に、アマチュアがそうそう勝てるか」
「だったら、そのアマチュアに負け倒してるわたしなんて、勝てるわけないじゃない」
「一割勝てるようになっただろ」
「たったの一割でしょ」
「いや、勝てる」
星の声に熱がこもった。
「将棋はくじ引きじゃない。勝率は一割でも、公式戦でその一割を引き寄せることは十分可能だ」