焔の指先、涙の理由
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自宅に帰ると、顔を見た瞬間に星は呆れた声で言った。
「結果は放送日まで伏せておくことになってるだろ。一応」
本戦トーナメントからは対局の録画が専門チャンネルで放送されるので、結果はまだ非公表。
わたしは何も答えず、両手で頬を包んで精一杯表情を隠した。
「勝ったんだろ?」
真顔を保とうと押さえる手もむなしく、わたしの表情筋は極限までゆるんだ。
「ナイショ~~!」
男のくせにきれいな手が、だらけた顔の前に出された。
「棋譜」
「え、ナイショだって」
「いまさら。他言しないから出せ」
「やだ! だって怒るもん!」
目の前にあった手が頭の上に乗った。
「褒めてやるから、棋譜出せ」
もぎ取った棋譜を見て結局「あっぶねぇ! この▲5四香、下手すりゃ敗着だぞ!」とやはり怒鳴られた。
拗ねるわたしを腕の中に収めて、星は耳元でなだめるようにささやく。
「▲7四歩はよく踏み込んだよ」
「勝算なかった。無謀だったよ」
「無謀だから三井さんも警戒して、端攻めに転じたんだろ。そこが分岐点になった」
「『ちゃんと読め!』って怒らないの?」
「まあ、俺なら指さない手だよ」
きれいな指先が「▲7四歩」を撫でる。
紙の上を滑るその音が耳の中でとろりと溶けた。
「でも、紗依莉らしくていい」