焔の指先、涙の理由

 *

「またあんたですか」

二度と会うことはないと思っていたヤツと再々会を果たしたのは、女流の先輩に誘われて参加した研究会だった。
相手はアマチュア強豪だったので、平日の十八時半、地区センターで彼らを待った。
窓の外では、冷たい風が乾いた枝を揺らしていたけれど、室内はよく暖められて、暑いくらいだった。

二階にある会議室のドアを開け、その秋風とともに入って来たのは、また少し大人になったヤツだったのだ。

わたしに文句を言ったあと、着慣れたスーツの襟元をくつろげる姿に、かつてのあどけなさは残っていない。

「知らないで連れて来られたの」

「あんたはいつもそれですね。情報不足を補う努力はしないんですか? ガキじゃあるまいし」

ガキの時分を知っている相手にそう言われても、胸の高鳴りに邪魔されてすぐに言い返せなかった。
ヤツの方はかつての告白さえなかったかのように平然と、脱いだジャケットをパイプ椅子の背にかける。
それもまた悔しかった。

「じゃああんたは、今日わたしが来るって知ってたの? だったら来なきゃよかったじゃない。わたしのこと、きらいなんでしょ?」

はじめて言葉を詰まらせ、無言で駒を並べるヤツを見て、勝った、 とほくそ笑む。

「時間残ってたんだから、もう少し読みを入れたら? 本当に頭使って指してんの?」

しかし将棋ではやはり勝てず、わたしの美濃囲(みのがこ)いはビスケットのごとく粉砕。
とうとう、ですます調も使ってもらえなくなった。

「同金の手順なら読んでたよ。そっちで継続手が難しいと思ったから桂で取ったの!」

言い返しながら涙を堪えていた。
見とれるほどうつくしい手さばきで、心臓を射抜くような厳しい手を指すヤツは、けれどプロではない。
苛烈な攻めの棋風は幼いころから変わらない。
だけど、自身の内側と心のすべてを焼き尽くすような切実さが、あの焔が、ヤツの指先からは消えていた。
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