この世界にきみさえいれば、それでよかった。
美幸さんがやっている海の家は木の柱が組み立てられている空間で、屋根には日差し避けのすだれ。
かき氷やフランクフルトとメニューが豊富で、お店の前ではイカ焼きを焼いて。カラフルな浮き輪やスイカのボールが上に吊られて売られていた。
まだお客さんはまばらで、座敷に数人がいるだけ。時間も午前中だし、食べ物よりも今はみんな海で遊びたいのかもしれない。
「サユちゃんは接客とかやったことある?」
「いえ、ないです」
接客か。お客さんには男の人もいるし、ちょっとというか、だいぶ自信ない。すると、美幸さんが私に渡そうとしていた腰巻きのエプロンをヒロが奪う。
「コイツは裏でいいよ」
そう言ってきゅっと、手慣れたように紐を後ろで結んだ。
「なんだかんだ言ってやる気満々じゃないの。頑張っても時給は均等だからね」
「姉貴のケチさは分かってるから期待してねーよ」
ふたりの会話を聞きながら、ヒロは今、私のことを気遣ってくれたんだって分かった。
直接打ち明けたりはしてないけれど、私が男の人に対して恐怖心があるということに、ヒロはうっすらと気づいているのかもしれない。
「ヒロ、ありがとう」
きっとヒロだって接客はあまり得意そうじゃないのに。
「ちゃんと水分補給しろよ。お前すぐにぶっ倒れるから」
「う、うん。気をつける」
ヒロが代わってくれたんだから、私は私でやれることを精いっぱいしよう。