この世界にきみさえいれば、それでよかった。
もう男はいないのに、手の震えがおさまらない。
そんな自分を隠すように私はあえて明るい声を出す。
「ありがとうヒロ。あ、でもお客さんふたり帰らせちゃったね。美幸さん怒るかな」
早く止まって。じゃないとヒロに心配かけてしまう。
震える手を見せないように、できもしない作り笑顔を浮かべていると……。
「強がんな」
ヒロが私の手にそっと触れる。
すると、まるで魔法のように震えがピタリと止まった。
他の男は相変わらず怖いのに、どうしてヒロはこんなにも大丈夫なのだろう。
ヒロの暖かさが染み込んでくるように、奪われかけていた体温も徐々に戻ってくる。
「もう少しで休憩だから。それまでブスな顔して焼きそば焼いてろ」
「ブ、ブス?」
聞き返したところでヒロはいたずらっ子みたいに、私のパーカーのフードを頭に被らせた。
「もう男に声かけられんじゃねーぞ」
そう言って忙しい接客に戻っていく。
声をかけられるなって、それは私もヒロに言いたいことなのに。女子の視線をさらうヒロの姿を目で追いながら、自分の気持ちと向き合ってみる。
どうしてヒロに触れられても平気なのか。
どうしてヒロがいると安心するのか。
どうしてヒロのことばかりを考えてしまうのか。
答えはたったの1秒で出た。
私は……ヒロのことが好きだ。