この世界にきみさえいれば、それでよかった。
コンビニの看板はもう見えていて、距離は目と鼻の先。ヒロがなにやら電話で繋がっている奏介くんと電柱の影で話していた。
きっと奏介くんのメンタルは鋼だからヒロがなにを言っても効かなそうな気もするけど、私は言われたとおりひとりでコンビニへと歩きだす。
……冷やし中華と冷やしたぬきあるといいなあ。
「サユ?」
……ドクン。
コンビニからタイミングよく出てきた男。無精髭を生やした40代の男は薄ら笑いを浮かべながら、「はは、やっぱりそうだ」と口を緩ませる。
なんで、どうして……。
ドクン、ドクンッと、心臓が暴れだしてうるさい。
「偶然?それとも家に帰る途中だったか?」
この軽い口調は機嫌がいい時。そうやって男の声や表情を伺う癖が今も身体に染みついている。
「ばばあの家は本当に暇なんだよ。お前よくこんな街で暮らせるよな」
「………」
「お前が戻ってきたいって言うならちゃんとスペースは残ってるぜ。あの部屋の端っこ」
男の低い声。私を嘲笑うような視線。
キリキリ、ズキズキ。色んな身体中の場所がうごめいて気持ち悪い。
「あの場所でお前漏らしたこともあったよなー。そのシミも残ってるよ」
男が家に1日いる時はトイレも自由に行かせてもらえないこともあった。
我慢して、我慢して。膝を抱えながらタバコと酒ばかりを口に運ぶ男と永遠みたいな時間を何度過ごしたか数えきれない。
やめて。私はもうあの場所には帰らない。
やめて、やめて、やめて。