この世界にきみさえいれば、それでよかった。


「なんか腹減ったから家に寄る前に昼飯買っていい?」

信号待ちのわずかな時間。ヒロが少しだけ顔を私に向けて聞いてきた。


「うん。いいよ」

「お前もなんも食ってないだろ?なにがいい?」


いつも私の要望を聞いてくれる優しいヒロ。

お腹が空いてるのに、貴重なお昼休憩を使って迎えにきてくれたこと。甘えたくないと思ってるのに、やっぱり嬉しい。


「あのさ、ヒロ……」

私はヒロの腰に手を回している力をぎゅっとした。

あんなにぎこちなかったバイクのふたり乗りも、こうして身体を密着させることも今はずいぶん慣れた。

確実に夏休み前より距離は近いし、ヒロへの想いはこの瞬間も募っていく。


「なんだよ?」

ヒロが急かすように声を出す。


「……もし私に隠してることがあるなら、少しずつでも話してほしい。私は頼りにならないけど話ぐらいなら聞いてあげられると思うから」


横断歩道の青信号がチカチカ点滅しはじめて、もうすぐ車道の信号も変わる。



「お前に隠してることなんて、なんにもねーよ」


そして私の気持ちなんて置いてけぼりのまま、バイクは再び走りはじめた。

耳に響くエンジン音。まるで会話をさせないような大きな音が今は苦しい。



ヒロは嘘つきだね。

ヘルメットで顔なんて見えないのに、ヒロがどんな顔をしてるのか背中越しでも分かる。

分かるぐらい、私たちはいつも一緒にいて、手を伸ばせば心にだって触れられる距離にいるはずなのに……。


ヒロが今はひどく遠いところにいるような気がしてしまう。


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