この世界にきみさえいれば、それでよかった。



生暖かい潮風が私たちの頬を通りすぎて、海面には空に浮かぶ月が反射して揺れていた。


「……美幸さんが言ってた。ヒロは中学卒業と同時に家を出て実家にも全然顔を見せないって。それは女の子のことと関係があったりする?」

すると、ヒロの眉がピクリと動いた。


「たぶん俺は勝手にその子の心臓をもらうと承諾したことを許してねーんだ。一言言ってくれたらよかったのにって。そしたら……」

「そしたら、手術は受けなかった?」

「………」

「女の子のものと知ったらヒロは生きることより死ぬことを選んだ?」


私はヒロじゃないから気持ちを憶測でしか語れないけれど、ヒロは優しい人だから女の子の心臓で生きることは選べなかったと思う。

そういうヒロの性格を私以上に知っているご両親だからヒロにはなにも言わなかったのだ。 


きっとヒロだって、分かってる。

それでも簡単に受け入れることが難しいことを8才のヒロは経験しなければいけなかった。



「……本当はさ、親に恩返ししたり、その子のぶんまで胸張って生きなきゃいけなかったんだろうけど、あっという間に18になった。ずっと家にも帰らずに反抗してる俺は本当にどうしようもねえよ」


「そんなことない!」

私はヒロの手を強く握った。


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