この世界にきみさえいれば、それでよかった。



私にまで、か。

ちょっと呆れてなにも言えないけど、あの男が私に暴力をふるっていたという認識は残っているみたいでよかった。


たかが一回叩かれただけで、別れるなんて言えてしまえる母が羨ましい。

私は逃げることもあの男が父親になるということも拒否なんてできなかったというのに。


「もしそうなればサユは名字が元に戻ることになるし、学校でも色々と面倒なことがあるかもしれないけど……」

「いいよ。別に。むしろ成瀬を名乗らなくて良くなるなら私はそっちのほうがいいし」


アイツと名字で繋がっていることも本当は嫌で仕方がなかったから。

 

「……サユは、私が思うよりもずっと寛之さんにひどいことをされてたのね」

箸を持つおばあちゃんの指先が震えたのを私は見逃さなかった。


そうだね。されてたよ。

でも殴られて、蹴られて、火傷させられて。罵倒されて、首を絞められたこともあったなんて、不幸自慢をする気はない。

おばあちゃんに打ち明けたところで、悲しい気持ちにさせてしまうだけだ。

ひどいことをされていたということを分かってもらえてるだけで私はいい。


「哉子は別れても向こうで仕事をしてるから生活拠点は変えないって。サユが望むなら一緒に暮らしてもいいって言ってたけど……」


「暮らさないよ。私は暮らしたくない」

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