この世界にきみさえいれば、それでよかった。
「っていうか、寝癖ついてるよ」
私はヒロの右耳の横を指さす。ヒロはいつもちゃんとしてるイメージだから寝癖なんてつかない人かと思ってた。
「ああ、いつもいつも」
「髪の毛乾かさないで寝るからだよ」
「ドライヤーなんて面倒くせーじゃん」
ヒロは部屋の隅に置かれている組立式のパイプハンガーへと向かう。
そこには洋服がかけられている他に収納ボックスもあって、その中には帽子がたくさん積まれていた。
「帽子、好きなんだね」
「うん。寝癖も隠れるし」と、ヒロは黒色のキャップを被る。こんなにも帽子が似合う人なんてヒロぐらいじゃないだろうか。
「俺、バイト行くからこれカギな」
投げられたカギを私はうまくキャッチした。自分の家以外のカギを見たのも預けられたのも初めてだ。
出掛けていくヒロを追いかけるように玄関へと向かい、これじゃ本当にペットみたい。
「……あ、あのさ……」
「ん?」
スニーカーを履くヒロが振り返る。
「私、今日もここにいていいのかな」
ずっとなんて思ってない。ただあのふたりの存在を感じる内は絶対に家には帰れないから。
自然と手の中にあるカギを私はぎゅっと握りしめる。
こんな出先に言うなんて、ヒロにすがっているように見えてしまっただろうか。もっと明るく、ヒロが気兼ねなく断れる雰囲気にしなきゃいけないのに……。
「いたいだけいれば」
「え?」
「戸締まりだけはちゃんとしろよ」
パタンと、閉まったドア。
私が弱すぎて、ヒロが優しすぎて、グスンと鼻をすすった。