【短編】親愛なる夜

仁美

仁美の仕事は、美容師だっ
た。

でも、どこの店にも勤めて
いなかった。

「別れた恋人と、一緒には
仕事できない性分なの」と
言っていた。

仁美は、それ以上は話さな
かったし、僕も聞かなかっ
たけど、色々とあったみた
いで、それが『よく眠れな
い』ことにつながったらし
い。

ある日、僕は、
「仁美の肖像画を描きたい
…いいかな?」と言った。

仁美は、あっさりOKしてく
れて、
「じゃあ、これから私の職
業はモデルだね」と言って
虚ろに笑った。

最初は、日曜日毎に、僕の
アトリエまで、通ってきて
くれていた。

それが、ときには泊まって
いったり、絵を描かない日
にも、ご飯を食べに来たり
を繰り返すうちに、仁美は
帰らなくなった。

それは、これまでの僕には
考えられないことだった。

自分だけの一人ぼっちの世
界を、侵されることが、何
よりイヤだったのに。

前に、付き合った女のコに
も、
「あなたには、入れない場所
がある」と愛想をつかされた
のに。

最初は、純粋に、仁美のこと
が描きたいと思った。

その気持ちが、
『会いたい』
『話したい』
『抱きしめたい』
になった。

それでも、僕の絵筆は止まる
ことなく、これまで以上に進
んだ。
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