しあわせ食堂の異世界ご飯
普段は静かな路地裏だけど、今はざわざわした人の声が聞こえてくる。
「おいおい、この匂い……なんだ?」
「でも、なんだかすごくそそられる匂いというか」
「腹が減った気がするぞ?」
とある場所から漂ってくる香りが、近くを歩いている人を招き猫のように呼び寄せている。
ふらふらっと、その足は抗うことを知らないように、その発信源――【しあわせ食堂】へと吸い寄せられていく。
カランと、ドアに付いたベルが鳴った。
「いらっしゃいませ!」
シャルルとカミルが、入って来た人物――お客さんに笑顔を向け席へ案内する。
今日初めてのお客さんは、三人組の男性だ。
作業着なので、近くで働いているのだと予想ができ、上手くいけば常連になってくれるかもしれない。
すぐに、シャルルが今日のメニューの説明をする。
「今日のランチは、『カレー』です!」
「なんだそれ、初めて聞くぞ」
シャルルの言葉に、客の男性たちは「知らないぞ」と次々と口にする。
「ご用意する『カレー』は、ご飯の上に数種類の香辛料を使ったソースをかけて食べる料理だ。店内に食欲をそそる香りがするだろう?」
「ああ! この匂いが気になったから、ここに入ったんだ! 俺はとりあえず、その『カレー』とやらをくれよ!」
「俺たちもだ!」
「かしこまりました、『カレー』三つですね!」
シャルルが注文を取り、厨房にいるアリアへ伝える。
「はーい、いっちょあがりっ!」
本日のメニュー、『具だくさんの野菜カレー』の完成だ。
窯で焼いたご飯を深皿によそい、その上にカレーをかける。
具材は、タマネギ、ニンジン、ナス、トマト、ピーマン、鶏肉だ。そこにほうれん草のサラダを添えたものが、しあわせ食堂のランチになった。
三人の前に『カレー』が置かれると、すぐに香辛料の香りが鼻をくすぐる。それはつんと鼻の奥までやってきて、己の存在を主張する。
今までカレーを食べたことのなかった三人は、未知との遭遇にごくりと唾を飲みこんで喉を鳴らす。
まずはスプーンでルーだけをすくい、口へ入れる。
「――っ!!」
ぶわっと熱風が吹いたような衝撃に襲われ、思わずスプーンが手から滑り落ちそうになり慌てて握りなおす。じわりと汗がにじんで、カレーの魔力に惑わされてしまったのではないかと思うほどだ。
「なんだこれ、うめえっ!!」
一口目を食べ、次は米と一緒にルーを口に含む。いや、かき込むと表現してもいいかもしれない。
夢中でカレーを食べる三人を見て、カミルは思わずそれに見入ってしまう。
もちろん従業員として先ほど食べたのだが、もう一度、せめてもう一口でいいから食べたいという欲求が膨らんでいく。
思わず涎が垂れそうになって、慌てて口元を確認する。
「……はあ。こんな料理を作るなんて、アリアは天才か?」
「本当にねぇ。怪我をしてついてないと思ったけど、怪我の功名とはこのことかねぇ」
「そうだな」
まだ足が痛むため座っているエマは、新しいアリアの料理に驚きを隠せないでいた。
何気なく、働いてと言って了承してもらったけれど……まさかこんな新メニューができてしまうなんて。
そしてまた、カランとドアの開く音が店内に響く。
「あ、またお客さんだ! いらっしゃいませ、空いている席にどうぞ」
これを皮切りに、どんどん客がやってきた。すぐに店内は満席になり、閑古鳥が鳴いている普段からは想像できない光景が広がっていく。
エマはそれを見て、目尻に涙を浮かべ微笑む。
「こんなにお客さんがきてくれるのは、アンタがまだ生きてたころ以来かねぇ……」
もういない夫へ語りかけ、エマは邪魔にならないよう店の奥へ引っ込んだ。
最初に来た三人組が言い回ったようで、しあわせ食堂の外にはちょっとした行列ができていた。
不思議な香りと、満足そうに出てくる客たち。
それを見て、気にならないわけがないのだ。
「うっわ! こんな繁盛、親父が切り盛りしてたときだってなかったぞ!!」
「カミル、お会計してー!」
「わかった! シャルルは注文を頼む」
「うん!」
店内も厨房も、てんてこ舞いだ。
カレーなので料理自体はすぐ出すことはできるのだが、ジェーロにはない料理のため説明を求める人が多いのだ。
加えて、食器の数も追いつかなくなってきている。
椅子に座ったままエマが洗ってくれているが、早食いの仕事人が多いこともあって回転スピードが尋常ではない。入店からお帰りまで、早い人だと十分もかからない。
厨房ではアリアがご飯をよそってルーをかけ、サラダを用意してどんどんカレーを用意していく。
今日のメニューはすでにカレー一本にしているため、注文も聞かずに作り続けていくだけだ。とはいえ、忙しくて追いつかなくなるほど。
「はぁ、いくらよそっても切りがない……! いや、嬉しい悲鳴だけど!!」
「アリアちゃん、皿洗い終わったよ!」
「はいっ! ありがとうございますエマさん――って、カレーの残りがあと八皿分しかない! カミル、カミル―!」
「品切れって、すげえな……」
並んでいる八人を除き、品切れになったことを伝えてもらわなければいけない。
急いでそのことをカミルに伝えると、すぐに店の外へ行き並んでいる人へ事情を説明してくれた。
札はクローズにして、これ以上人が並ばないようにするのも忘れない。
明日はもっとたくさんカレーを用意しようと思い、アリアはすべての料理の準備を終えてほっとする。
「お疲れ様、アリアちゃん」
「はい~」
エマがアリアに水を差しだし、ゆっくり休憩するように言う。
「ありがとうございます」
「もう食材がすっからかんだから、夜の営業は休みにして明日の準備をしようかね」
「そうですね……」
お店にあった野菜はすべて使ってしまった。
これから市場に追加で買い出しにいかなければいけないし、香辛料の追加も今日中に買って用意してしまいたい。
なんてことを話していると、店内から男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「え?」
「もう料理がないだぁ? 俺は客だぞ、ふざけんな!!」
こっそりカウンター越しに店内を見ると、ガタイのいい男がカミルに威圧的な態度でイチャモンを付けている。
すぐ近くにはシャルルもいるが、手を出すことはせず様子を見ているようだ。
――うわあ、クレーマーだ。
どうやら、カレーの品切れを伝えてからやって来た客らしい。いや、客というのもおこがましいだろう。カレーはもう残っていないし、たとえ残っていたとしても出すつもりは毛頭ない。
「す、すみません。でも、もうカレーはなくてですね……っ」
「あぁっ!? あと一人分くらいは、残ってるだろうよ」
カミルが謝りながら説明をしているが、男は「俺は腹が減ってるんだよ!」と図々しく言ってくる。
その荒々しい叫び声に、カレーを食べていたお客さんのスプーンも止まる。カミルの足は震えていて、顔は青くなってしまっている。
シャルルが戸惑いながらぐっと拳を握りしめているのが目に入り、アリアはエマが止めるのも聞かず厨房から店内へ出ていく。
「やめてください! 私が料理人の、アリアです」
「あぁん? なんだ、こんな嬢ちゃんがあの料理を作ってたのかよ」
「そうです。でも、今日の分はもう品切れです。召し上がりたいのでしたら、明日またいらしてください。多めに用意しますから、品切れになることはないと思います」
アリアが出て来たのを見て、シャルルは拳を緩める。
それを横目で確認し、アリアは内心でほっとした。さすがに手を出されたらアリアだって何も言わないが、こちらから手を出したら不利になる。
――たぶん、この男よりシャルルの方が強いだろうし。
大声でわめき散らしてはいるけれど、この男からは威圧を感じない。
アリアは凛とした姿勢を崩さずに、「もう一度いいますね」と微笑んでみせる。
「今日はもう品切れですので、お引き取りくださいませ」
「あぁん!?」
「お引き取り下さいませ」
「――っ!」
男が間近で啖呵を切るも、アリアは笑顔を崩さない。
お前なんて怖くはないのだと、その全身で告げる。それどころか、その雰囲気は王族独特のもので、ピリッとした威圧が店とその男を包み込む。
アリアの様子に、あれだけ威勢のよかった男がたじろぐ。
それを見て、シャルルもアリアの隣へ立ち男を睨みつける。
シャルルの場合は、威圧というよりも殺気に近いものがあるだろう。男はさらに言葉を詰まらせて、「クソッ」と乱暴に叫ぶ。
「今日のところは勘弁してやるよ!!」
「ほかの方にご迷惑をかける方は、お客様とみなしませんので覚えておいてください」
「チッ!」
勢いよくドアを開けて、男はさっさと店から出ていってしまった。
「……ふう。よかったぁ、帰ってくれて」
「ああいう品のない男性はよくありませんね」
アリアは胸を撫でおろし、塩でも撒いた方がいいだろうかと考える。シャルルもその横で賛成し、もう二度と来ないでほしいと怒り心頭だ。
けれど、そんなことを考えていられたのも一瞬だ。すぐに店内がわっと沸き起こり、カレーを食べていた客がアリアに拍手を送る。
「す、すごいなお嬢ちゃん……っ!」
「あんな怖そうな男に向かっていくなんて」
「無事でとかった」
「もう心臓が止まるかと思ったよ」
カミルもアリアの様子を見て、気落ちしつつも「すごいなぁ」と素直な感想を告げる。
「俺なんて怖くて何もできなかったのにさ」
「そんなことないよ? カミルだって、あの男に注意しようとしてくれたじゃない」
「しただけじゃなぁ……」
まさかアリアが男に怯むことなく、あんなに凛として構えていられるとは思ってもみなかったのだ。
「たまたまだよ」
カミルの言葉にあははと笑うアリアだったけれど、実はあの手の大人は慣れているのだ。いや、あれよりも一癖も二癖もある大人とのやり取りだってしたことがある。
王族や貴族というのは、腹の探り合いが挨拶のようなものだ。
威圧を放つ人もいれば、表面だけ笑顔で腹の底ではとんでもないことを企んでいる……ということも多々ある。
それと比べれば、なんてことはない。
「怪我もなくてよかったね。ああいう人って一定数いるけど、最初に追い払うのが肝心だから……大事にならなくて一安心」
「……なんていうか、アリアがすごすぎてどう突っ込めばいいかわかんないな」
「ええぇ、そんなことないよ。普通だよ、普通。ちょっと料理の好きな女の子だよ」
王女ということはばれたくないので、アリアは誤魔化すように笑った。
「おいおい、この匂い……なんだ?」
「でも、なんだかすごくそそられる匂いというか」
「腹が減った気がするぞ?」
とある場所から漂ってくる香りが、近くを歩いている人を招き猫のように呼び寄せている。
ふらふらっと、その足は抗うことを知らないように、その発信源――【しあわせ食堂】へと吸い寄せられていく。
カランと、ドアに付いたベルが鳴った。
「いらっしゃいませ!」
シャルルとカミルが、入って来た人物――お客さんに笑顔を向け席へ案内する。
今日初めてのお客さんは、三人組の男性だ。
作業着なので、近くで働いているのだと予想ができ、上手くいけば常連になってくれるかもしれない。
すぐに、シャルルが今日のメニューの説明をする。
「今日のランチは、『カレー』です!」
「なんだそれ、初めて聞くぞ」
シャルルの言葉に、客の男性たちは「知らないぞ」と次々と口にする。
「ご用意する『カレー』は、ご飯の上に数種類の香辛料を使ったソースをかけて食べる料理だ。店内に食欲をそそる香りがするだろう?」
「ああ! この匂いが気になったから、ここに入ったんだ! 俺はとりあえず、その『カレー』とやらをくれよ!」
「俺たちもだ!」
「かしこまりました、『カレー』三つですね!」
シャルルが注文を取り、厨房にいるアリアへ伝える。
「はーい、いっちょあがりっ!」
本日のメニュー、『具だくさんの野菜カレー』の完成だ。
窯で焼いたご飯を深皿によそい、その上にカレーをかける。
具材は、タマネギ、ニンジン、ナス、トマト、ピーマン、鶏肉だ。そこにほうれん草のサラダを添えたものが、しあわせ食堂のランチになった。
三人の前に『カレー』が置かれると、すぐに香辛料の香りが鼻をくすぐる。それはつんと鼻の奥までやってきて、己の存在を主張する。
今までカレーを食べたことのなかった三人は、未知との遭遇にごくりと唾を飲みこんで喉を鳴らす。
まずはスプーンでルーだけをすくい、口へ入れる。
「――っ!!」
ぶわっと熱風が吹いたような衝撃に襲われ、思わずスプーンが手から滑り落ちそうになり慌てて握りなおす。じわりと汗がにじんで、カレーの魔力に惑わされてしまったのではないかと思うほどだ。
「なんだこれ、うめえっ!!」
一口目を食べ、次は米と一緒にルーを口に含む。いや、かき込むと表現してもいいかもしれない。
夢中でカレーを食べる三人を見て、カミルは思わずそれに見入ってしまう。
もちろん従業員として先ほど食べたのだが、もう一度、せめてもう一口でいいから食べたいという欲求が膨らんでいく。
思わず涎が垂れそうになって、慌てて口元を確認する。
「……はあ。こんな料理を作るなんて、アリアは天才か?」
「本当にねぇ。怪我をしてついてないと思ったけど、怪我の功名とはこのことかねぇ」
「そうだな」
まだ足が痛むため座っているエマは、新しいアリアの料理に驚きを隠せないでいた。
何気なく、働いてと言って了承してもらったけれど……まさかこんな新メニューができてしまうなんて。
そしてまた、カランとドアの開く音が店内に響く。
「あ、またお客さんだ! いらっしゃいませ、空いている席にどうぞ」
これを皮切りに、どんどん客がやってきた。すぐに店内は満席になり、閑古鳥が鳴いている普段からは想像できない光景が広がっていく。
エマはそれを見て、目尻に涙を浮かべ微笑む。
「こんなにお客さんがきてくれるのは、アンタがまだ生きてたころ以来かねぇ……」
もういない夫へ語りかけ、エマは邪魔にならないよう店の奥へ引っ込んだ。
最初に来た三人組が言い回ったようで、しあわせ食堂の外にはちょっとした行列ができていた。
不思議な香りと、満足そうに出てくる客たち。
それを見て、気にならないわけがないのだ。
「うっわ! こんな繁盛、親父が切り盛りしてたときだってなかったぞ!!」
「カミル、お会計してー!」
「わかった! シャルルは注文を頼む」
「うん!」
店内も厨房も、てんてこ舞いだ。
カレーなので料理自体はすぐ出すことはできるのだが、ジェーロにはない料理のため説明を求める人が多いのだ。
加えて、食器の数も追いつかなくなってきている。
椅子に座ったままエマが洗ってくれているが、早食いの仕事人が多いこともあって回転スピードが尋常ではない。入店からお帰りまで、早い人だと十分もかからない。
厨房ではアリアがご飯をよそってルーをかけ、サラダを用意してどんどんカレーを用意していく。
今日のメニューはすでにカレー一本にしているため、注文も聞かずに作り続けていくだけだ。とはいえ、忙しくて追いつかなくなるほど。
「はぁ、いくらよそっても切りがない……! いや、嬉しい悲鳴だけど!!」
「アリアちゃん、皿洗い終わったよ!」
「はいっ! ありがとうございますエマさん――って、カレーの残りがあと八皿分しかない! カミル、カミル―!」
「品切れって、すげえな……」
並んでいる八人を除き、品切れになったことを伝えてもらわなければいけない。
急いでそのことをカミルに伝えると、すぐに店の外へ行き並んでいる人へ事情を説明してくれた。
札はクローズにして、これ以上人が並ばないようにするのも忘れない。
明日はもっとたくさんカレーを用意しようと思い、アリアはすべての料理の準備を終えてほっとする。
「お疲れ様、アリアちゃん」
「はい~」
エマがアリアに水を差しだし、ゆっくり休憩するように言う。
「ありがとうございます」
「もう食材がすっからかんだから、夜の営業は休みにして明日の準備をしようかね」
「そうですね……」
お店にあった野菜はすべて使ってしまった。
これから市場に追加で買い出しにいかなければいけないし、香辛料の追加も今日中に買って用意してしまいたい。
なんてことを話していると、店内から男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「え?」
「もう料理がないだぁ? 俺は客だぞ、ふざけんな!!」
こっそりカウンター越しに店内を見ると、ガタイのいい男がカミルに威圧的な態度でイチャモンを付けている。
すぐ近くにはシャルルもいるが、手を出すことはせず様子を見ているようだ。
――うわあ、クレーマーだ。
どうやら、カレーの品切れを伝えてからやって来た客らしい。いや、客というのもおこがましいだろう。カレーはもう残っていないし、たとえ残っていたとしても出すつもりは毛頭ない。
「す、すみません。でも、もうカレーはなくてですね……っ」
「あぁっ!? あと一人分くらいは、残ってるだろうよ」
カミルが謝りながら説明をしているが、男は「俺は腹が減ってるんだよ!」と図々しく言ってくる。
その荒々しい叫び声に、カレーを食べていたお客さんのスプーンも止まる。カミルの足は震えていて、顔は青くなってしまっている。
シャルルが戸惑いながらぐっと拳を握りしめているのが目に入り、アリアはエマが止めるのも聞かず厨房から店内へ出ていく。
「やめてください! 私が料理人の、アリアです」
「あぁん? なんだ、こんな嬢ちゃんがあの料理を作ってたのかよ」
「そうです。でも、今日の分はもう品切れです。召し上がりたいのでしたら、明日またいらしてください。多めに用意しますから、品切れになることはないと思います」
アリアが出て来たのを見て、シャルルは拳を緩める。
それを横目で確認し、アリアは内心でほっとした。さすがに手を出されたらアリアだって何も言わないが、こちらから手を出したら不利になる。
――たぶん、この男よりシャルルの方が強いだろうし。
大声でわめき散らしてはいるけれど、この男からは威圧を感じない。
アリアは凛とした姿勢を崩さずに、「もう一度いいますね」と微笑んでみせる。
「今日はもう品切れですので、お引き取りくださいませ」
「あぁん!?」
「お引き取り下さいませ」
「――っ!」
男が間近で啖呵を切るも、アリアは笑顔を崩さない。
お前なんて怖くはないのだと、その全身で告げる。それどころか、その雰囲気は王族独特のもので、ピリッとした威圧が店とその男を包み込む。
アリアの様子に、あれだけ威勢のよかった男がたじろぐ。
それを見て、シャルルもアリアの隣へ立ち男を睨みつける。
シャルルの場合は、威圧というよりも殺気に近いものがあるだろう。男はさらに言葉を詰まらせて、「クソッ」と乱暴に叫ぶ。
「今日のところは勘弁してやるよ!!」
「ほかの方にご迷惑をかける方は、お客様とみなしませんので覚えておいてください」
「チッ!」
勢いよくドアを開けて、男はさっさと店から出ていってしまった。
「……ふう。よかったぁ、帰ってくれて」
「ああいう品のない男性はよくありませんね」
アリアは胸を撫でおろし、塩でも撒いた方がいいだろうかと考える。シャルルもその横で賛成し、もう二度と来ないでほしいと怒り心頭だ。
けれど、そんなことを考えていられたのも一瞬だ。すぐに店内がわっと沸き起こり、カレーを食べていた客がアリアに拍手を送る。
「す、すごいなお嬢ちゃん……っ!」
「あんな怖そうな男に向かっていくなんて」
「無事でとかった」
「もう心臓が止まるかと思ったよ」
カミルもアリアの様子を見て、気落ちしつつも「すごいなぁ」と素直な感想を告げる。
「俺なんて怖くて何もできなかったのにさ」
「そんなことないよ? カミルだって、あの男に注意しようとしてくれたじゃない」
「しただけじゃなぁ……」
まさかアリアが男に怯むことなく、あんなに凛として構えていられるとは思ってもみなかったのだ。
「たまたまだよ」
カミルの言葉にあははと笑うアリアだったけれど、実はあの手の大人は慣れているのだ。いや、あれよりも一癖も二癖もある大人とのやり取りだってしたことがある。
王族や貴族というのは、腹の探り合いが挨拶のようなものだ。
威圧を放つ人もいれば、表面だけ笑顔で腹の底ではとんでもないことを企んでいる……ということも多々ある。
それと比べれば、なんてことはない。
「怪我もなくてよかったね。ああいう人って一定数いるけど、最初に追い払うのが肝心だから……大事にならなくて一安心」
「……なんていうか、アリアがすごすぎてどう突っ込めばいいかわかんないな」
「ええぇ、そんなことないよ。普通だよ、普通。ちょっと料理の好きな女の子だよ」
王女ということはばれたくないので、アリアは誤魔化すように笑った。