しあわせ食堂の異世界ご飯
アリアたちが借りていた馬を返してしあわせ食堂に帰ってくると、その入り口に見慣れた顔があった。
リントと、ローレンツだ。
定休日のお知らせを読んでいる。どうやら食事に来てくれたはいいが、休みなので帰ろうと話をしているところのようだ。
店から離れようとする二人を見て、アリアは慌てて声をかける。
「リントさん、ローレンツさんっ!」
「……! アリアさん」
いきなり声をかけられてリントは驚いた様子だが、少し表情が緩められた。
思わずドキリとするが、アリアは首を振って雑念を払う。ジェーロ帝国の妃候補として来ているのに、誰かにときめくわけにはいかない。
「お二人とも、食事に来てくれたんですか?」
「ああ。……でも、タイミングが悪かったみたいだな」
「アリアさんがこの人気店で働いているなんて、知りませんでしたよ」
いつもタイミングが合わないなと、リントが頭をかく。
ローレンツはアリアがこの店で働いていることを知らなかったようで、料理が食べられないのが残念ですと告げた。
アリアたちの様子を見て、カミルとシャルルもやって来る。
「魚をたくさん買いましたし、リントさんとローレンツさんも夕食にご招待したらどうですか?」
「確かに、今日は魚が大量にあるもんね」
シャルルの提案に頷き、アリアはリントとローレンツを夕食に誘う。隣にいたカミルが「食っていけばいい」と言ったこともあり、二人は頷いてくれた。
「ですが、突然だとご迷惑になるのではありませんか?」
「店主のエマさんがいい人なので、大丈夫ですよ」
五人で店内に入ると、机に座っているエマさんがこちらを見る。どうやら、ここでお茶を飲みながらのんびりしていたらしい。
「あら、おかえり! 楽しんできたかい」
「とっても! 魚を買ってきたので、夕飯は私が作りますね。それと、知り合いに会ったので招待したんですけど、いいですか?」
「もちろんだよ」
「ありがとうございます」
カミルが厨房に魚を運んでもらい、さっそく調理の開始だ。
***
アリアが厨房へ行き、カミルはその手伝いをしている。
そのため、店内の机に座っているのは、リント、ローレンツ、エマの三人だ。シャルルは紅茶を淹れて、アリアがいる厨房近くのカウンター席に座っている。
「いやあ、アリアちゃんにこんな男前のお友達がいたなんてねぇ」
軍服姿の二人を見て、惚れ惚れするねぇとエマが言う。
リントの透き通るようなプラチナブロンドは人目を引くし、隣にいるローレンツの深い青色の髪はリントと相反するようで一緒にいるとその美しさが際立つ。
無口なリントに変わり、エマの相手をするのはローレンツだ。
「彼女たちがジェーロに来る道中で偶然出会ったんです。まさか、飲食店で再開するとは思ってもいませんでしたが……」
「そうだったのかい。じゃあ、アリアちゃんとの付き合いは私らとあんまり変わらないんだね」
「ええ」
ローレンツの言葉を聞き、エマは「なるほどねぇ」と頷く。
にやにやしているエマに見られて、リントは思わず後ずさりたくなる。間違いなくろくでもないことを考えているのだろうと、ため息をつきたくなってしまう。
そんなエマの思考は、自分の息子カミルとリント、どちらがアリアのハートを射止めるのだろうというものだった。
口に出すほど無粋ではないが、エマとしてはぜひアリアに嫁にきてほしい。
「二人は、アリアちゃんのご飯を食べたことはあるのかい?」
「あ、ああ。変わった料理だが、とても美味いな」
リントはアリアの作った料理を思い出しながら、エマの問いに答える。
ぜひまた食べたいのはおにぎりだが、しあわせ食堂のメニューにないようでがっかりしたのだ。
二人のやり取りを聞いて、ローレンツも会話に加わる。
「本当はもっと早く『カレー』を食べに来たかったんですけど、仕事が忙しくてなかなか……」
「そうだったのかい。でも、忙しいのはいいことだよ」
ローレンツは、リントからアリアが飲食店で働いているということを聞いた。
普段はあまり食に興味を示さないリントが、アリアが飲食店で料理を作っているから行こうと言ってきたのだ。
それはもう、雷に打たれたような衝撃を受けた。
純粋に嬉しかったのもあり、仕事を片付けてやっと来ることができたのだが――見ての通り、定休日。……だったが、偶然通りかかったアリアにこうして食事に招待してもらえたのは幸いだったろう。
「リントは、運がいいか悪いのかわかりませんね」
「……うるさいぞ、ローレンツ。くだらないことを考えるな」
くすりと笑うローレンツを、リントは睨む。
ここで止めないと、「アリアさんに会いたかったのでは?」なんて言われかねない。
そんな話をしていると、厨房からアリアの声がした。
「できましたよ~! 今日は魚パーティーです!」
じゃっじゃーんと効果音がつきそうなほどいい笑顔でアリアが店内へやって来た。
本日のメニュー、『甘くとろける魚の煮つけ』の完成だ。
アリアが魚を捌き、海老を剥き、作り上げた数種類の料理も一緒にテーブルへ並べられる。魚の香ばしい匂いが食欲をかきたてるように、リントたちを襲う。
前に食べた魚介のあら汁を気に入っていたローレンツは、普段は食べないような魚料理を見て嬉しそうだ。
「アリアさん、これは何ですか?」
「それは魚の煮つけといって、醤油と砂糖をベースにして煮ているんです。食べてみてくださいっ」
「……では」
ローレンツは真鯛の煮つけにフォークを入れて、それを口元まで持ってきて香りを確かめる。ゆっくり煮た魚は味が仲間でしみ込んでいて、綺麗な黄金色だ。
一口食べると、じわりと甘みが口いっぱいに広がる。
「……っ!」
魚が舌の上でとろけるように、ほろりとほぐれる。
しっとりとした食感は、普段食べる魚とはまったく違う。刻んだ生姜が魚の味を引き立てていることに気づき、こんな調理法もあるのかと感心する。
「はぁ、とても美味しいです。アリアさんの魚料理は優しい味がして、絶品ですね」
「ありがとうございます」
アリアがお礼を言い、机の上に載った料理を説明する。
シャルルが大好きなエビフライはもちろん、各種フライやそのまま食べて美味しいお刺身、貝類の酒蒸し、炊き込みご飯はたっぷり鯛の身を使っている。
ローレンツは煮つけが気に入ったようで、二切れ目に手をかけた。
「がつんと焼いた肉類よりも、こういった魚の方がいいですね。疲れたときは、落ち着いたものを食べるのもいいものです」
「ほかにも作ったので、たくさん召し上がってくださいね」
「ええ」
頷くローレンツを見て、アリアはほかの人は食べてくれているだろうかとみんなを見回す。
エビフライを食べるシャルルの横で、リントが別のフライを食べている。
そしてお約束のように、「これはなんだ?」というので、フライについての説明をアリアが行う。
「……なるほど。アリアの料理は、食べたことのないものばかりだな」
「そうですか? まあ、美味しく食べてもらえたら私は満足です」
「無欲だな、アリアは」
ふいに告げられた言葉に、アリアはきょとんとする。
まさか、リントにそのようなことを言われるとは思わなかった。
「別に、無欲ではないですよ。今までは恵まれていましたし、今も大好きな料理をしていますから」
「これだけの腕前があれば、貴族の料理人や、それこそ王城の料理人になることだって不可能ではないだろう?」
「え……」
そんなことは、今まで考えたこともなかった。
――というよりも、王城の料理人に混ざって料理していたから……。
そういった自分が料理する立ち位置には、こだわりをもったことがなかった。
むしろ、前世が小さな定食屋だったため、そういった自分の店を持つという方がアリアには魅力的に映る。
「私には、贅沢な悩みですよ。まだジェーロに来たばかりで、先のことをそう簡単には決められません」
「……それもそうか、すまない。俺の言葉は忘れてくれ」
「いえ。嬉しかったです、ありがとうございます。リントさん」
話は一度切り上げて、アリアは料理を食べることにする。
このまま自分の身の上話をし続けたら、何かぼろを出してしまいそうで不安だ。王女だとばれてしまったら、門番が言うように王城で暮らすことになるだろう。
「あぁっ! シャルル、エビフライ食べ過ぎ……っ!」
「美味しくて、止まらなかったんです!!」
アリアがエビフライの載っていた皿を見ると、残り二本になっていた。あんなにたくさん揚げたのに、シャルルの食欲はすごい。
これからは定期的に、定休日になったら港町に行くのもいいかも……と思うアリアだった。
リントと、ローレンツだ。
定休日のお知らせを読んでいる。どうやら食事に来てくれたはいいが、休みなので帰ろうと話をしているところのようだ。
店から離れようとする二人を見て、アリアは慌てて声をかける。
「リントさん、ローレンツさんっ!」
「……! アリアさん」
いきなり声をかけられてリントは驚いた様子だが、少し表情が緩められた。
思わずドキリとするが、アリアは首を振って雑念を払う。ジェーロ帝国の妃候補として来ているのに、誰かにときめくわけにはいかない。
「お二人とも、食事に来てくれたんですか?」
「ああ。……でも、タイミングが悪かったみたいだな」
「アリアさんがこの人気店で働いているなんて、知りませんでしたよ」
いつもタイミングが合わないなと、リントが頭をかく。
ローレンツはアリアがこの店で働いていることを知らなかったようで、料理が食べられないのが残念ですと告げた。
アリアたちの様子を見て、カミルとシャルルもやって来る。
「魚をたくさん買いましたし、リントさんとローレンツさんも夕食にご招待したらどうですか?」
「確かに、今日は魚が大量にあるもんね」
シャルルの提案に頷き、アリアはリントとローレンツを夕食に誘う。隣にいたカミルが「食っていけばいい」と言ったこともあり、二人は頷いてくれた。
「ですが、突然だとご迷惑になるのではありませんか?」
「店主のエマさんがいい人なので、大丈夫ですよ」
五人で店内に入ると、机に座っているエマさんがこちらを見る。どうやら、ここでお茶を飲みながらのんびりしていたらしい。
「あら、おかえり! 楽しんできたかい」
「とっても! 魚を買ってきたので、夕飯は私が作りますね。それと、知り合いに会ったので招待したんですけど、いいですか?」
「もちろんだよ」
「ありがとうございます」
カミルが厨房に魚を運んでもらい、さっそく調理の開始だ。
***
アリアが厨房へ行き、カミルはその手伝いをしている。
そのため、店内の机に座っているのは、リント、ローレンツ、エマの三人だ。シャルルは紅茶を淹れて、アリアがいる厨房近くのカウンター席に座っている。
「いやあ、アリアちゃんにこんな男前のお友達がいたなんてねぇ」
軍服姿の二人を見て、惚れ惚れするねぇとエマが言う。
リントの透き通るようなプラチナブロンドは人目を引くし、隣にいるローレンツの深い青色の髪はリントと相反するようで一緒にいるとその美しさが際立つ。
無口なリントに変わり、エマの相手をするのはローレンツだ。
「彼女たちがジェーロに来る道中で偶然出会ったんです。まさか、飲食店で再開するとは思ってもいませんでしたが……」
「そうだったのかい。じゃあ、アリアちゃんとの付き合いは私らとあんまり変わらないんだね」
「ええ」
ローレンツの言葉を聞き、エマは「なるほどねぇ」と頷く。
にやにやしているエマに見られて、リントは思わず後ずさりたくなる。間違いなくろくでもないことを考えているのだろうと、ため息をつきたくなってしまう。
そんなエマの思考は、自分の息子カミルとリント、どちらがアリアのハートを射止めるのだろうというものだった。
口に出すほど無粋ではないが、エマとしてはぜひアリアに嫁にきてほしい。
「二人は、アリアちゃんのご飯を食べたことはあるのかい?」
「あ、ああ。変わった料理だが、とても美味いな」
リントはアリアの作った料理を思い出しながら、エマの問いに答える。
ぜひまた食べたいのはおにぎりだが、しあわせ食堂のメニューにないようでがっかりしたのだ。
二人のやり取りを聞いて、ローレンツも会話に加わる。
「本当はもっと早く『カレー』を食べに来たかったんですけど、仕事が忙しくてなかなか……」
「そうだったのかい。でも、忙しいのはいいことだよ」
ローレンツは、リントからアリアが飲食店で働いているということを聞いた。
普段はあまり食に興味を示さないリントが、アリアが飲食店で料理を作っているから行こうと言ってきたのだ。
それはもう、雷に打たれたような衝撃を受けた。
純粋に嬉しかったのもあり、仕事を片付けてやっと来ることができたのだが――見ての通り、定休日。……だったが、偶然通りかかったアリアにこうして食事に招待してもらえたのは幸いだったろう。
「リントは、運がいいか悪いのかわかりませんね」
「……うるさいぞ、ローレンツ。くだらないことを考えるな」
くすりと笑うローレンツを、リントは睨む。
ここで止めないと、「アリアさんに会いたかったのでは?」なんて言われかねない。
そんな話をしていると、厨房からアリアの声がした。
「できましたよ~! 今日は魚パーティーです!」
じゃっじゃーんと効果音がつきそうなほどいい笑顔でアリアが店内へやって来た。
本日のメニュー、『甘くとろける魚の煮つけ』の完成だ。
アリアが魚を捌き、海老を剥き、作り上げた数種類の料理も一緒にテーブルへ並べられる。魚の香ばしい匂いが食欲をかきたてるように、リントたちを襲う。
前に食べた魚介のあら汁を気に入っていたローレンツは、普段は食べないような魚料理を見て嬉しそうだ。
「アリアさん、これは何ですか?」
「それは魚の煮つけといって、醤油と砂糖をベースにして煮ているんです。食べてみてくださいっ」
「……では」
ローレンツは真鯛の煮つけにフォークを入れて、それを口元まで持ってきて香りを確かめる。ゆっくり煮た魚は味が仲間でしみ込んでいて、綺麗な黄金色だ。
一口食べると、じわりと甘みが口いっぱいに広がる。
「……っ!」
魚が舌の上でとろけるように、ほろりとほぐれる。
しっとりとした食感は、普段食べる魚とはまったく違う。刻んだ生姜が魚の味を引き立てていることに気づき、こんな調理法もあるのかと感心する。
「はぁ、とても美味しいです。アリアさんの魚料理は優しい味がして、絶品ですね」
「ありがとうございます」
アリアがお礼を言い、机の上に載った料理を説明する。
シャルルが大好きなエビフライはもちろん、各種フライやそのまま食べて美味しいお刺身、貝類の酒蒸し、炊き込みご飯はたっぷり鯛の身を使っている。
ローレンツは煮つけが気に入ったようで、二切れ目に手をかけた。
「がつんと焼いた肉類よりも、こういった魚の方がいいですね。疲れたときは、落ち着いたものを食べるのもいいものです」
「ほかにも作ったので、たくさん召し上がってくださいね」
「ええ」
頷くローレンツを見て、アリアはほかの人は食べてくれているだろうかとみんなを見回す。
エビフライを食べるシャルルの横で、リントが別のフライを食べている。
そしてお約束のように、「これはなんだ?」というので、フライについての説明をアリアが行う。
「……なるほど。アリアの料理は、食べたことのないものばかりだな」
「そうですか? まあ、美味しく食べてもらえたら私は満足です」
「無欲だな、アリアは」
ふいに告げられた言葉に、アリアはきょとんとする。
まさか、リントにそのようなことを言われるとは思わなかった。
「別に、無欲ではないですよ。今までは恵まれていましたし、今も大好きな料理をしていますから」
「これだけの腕前があれば、貴族の料理人や、それこそ王城の料理人になることだって不可能ではないだろう?」
「え……」
そんなことは、今まで考えたこともなかった。
――というよりも、王城の料理人に混ざって料理していたから……。
そういった自分が料理する立ち位置には、こだわりをもったことがなかった。
むしろ、前世が小さな定食屋だったため、そういった自分の店を持つという方がアリアには魅力的に映る。
「私には、贅沢な悩みですよ。まだジェーロに来たばかりで、先のことをそう簡単には決められません」
「……それもそうか、すまない。俺の言葉は忘れてくれ」
「いえ。嬉しかったです、ありがとうございます。リントさん」
話は一度切り上げて、アリアは料理を食べることにする。
このまま自分の身の上話をし続けたら、何かぼろを出してしまいそうで不安だ。王女だとばれてしまったら、門番が言うように王城で暮らすことになるだろう。
「あぁっ! シャルル、エビフライ食べ過ぎ……っ!」
「美味しくて、止まらなかったんです!!」
アリアがエビフライの載っていた皿を見ると、残り二本になっていた。あんなにたくさん揚げたのに、シャルルの食欲はすごい。
これからは定期的に、定休日になったら港町に行くのもいいかも……と思うアリアだった。