しあわせ食堂の異世界ご飯
7 しょっぱい卵焼き
季節は変わり、ジェーロは夏から秋になった。
半袖の服では少し肌寒さを感じるが、厨房では常に窯がフル稼働しているので寒さの心配はない。
気がかりなのは、木造なので自室の隙間風が少し寒いと感じるくらいだろうか。
アリアは相変わらず、【しあわせ食堂】で料理人をしている。
けれどその成果はどんどん出ていて、メニューには単品の『トマトのピリ辛ストロガノフ』と『甘い卵焼き』が加わった。
ストロガノフは男性に人気があり、卵焼きは女性や子供からの注文が多い。
しかし今のアリアには、気がかりが多い。
それは隙間風が気になるなんて可愛いものだけではなく、自分の将来に大きく関わるものだ。
自分の婚姻のこと、祖国エストレーラのこと。……それから、なぜか王族の紋章が入っている懐中時計を持つリントのことだ。
ジェーロの皇帝であるリベルトには、肉親が母親しかいない。
先代の皇帝である父は戦争で命を落とし、王族としては珍しく兄弟もいないのだ。よって、男性で王族の紋章入りの装飾品を持っているのは……現皇帝であるリベルトだけだと考えられる。
つまりリントが皇帝? という疑問がアリアの脳内でぐるぐるしているのだ。
――そういえば、リントとリベルト陛下って年齢も一緒くらいよね。
考えれば考えるほど、謎が深まるばかりだ。
けれど、リントは冷酷無比には見えない。無口で大人びてはいるけれど、笑うと可愛いということも最近わかった。
――あ、でも冷酷無比っていうのは故意に流した嘘の噂かもしれないし……。
やはり自分の目で皇帝を見ない限り、結論は出なさそうだなと思う。
そして不意に、ぐっと肩を強く掴まれ名前を呼ばれる。
「アリア!」
「……っえ!?」
突然のことにびくっと体を揺らし振り返ると、そこにはカミルがいた。
思わす目を瞬かせて、アリアは自分の状況を確認する。いろいろ考え込んでいたけれど、今いる場所は厨房だったのだ。
目の前にはストロガノフの入った大きな鍋があり、美味しそうな香りをさせてぐつぐつ煮えている。
「大丈夫か? さっきから何回か声をかけたけど、返事がないから心配だったんだ」
「嘘、全然気付かなかった。ごめんなさい、カミル」
「いや、俺は別にいいんだけど……体調が悪いようなら、無理して店に出ないで休んでていいんだぞ?」
カミルはアリアの顔を覗き込んで、「少し赤いか?」なんて口にしている。
「うぅん、大丈夫。お鍋の前にいたから、顔が熱いだけ。少し考え事をしてたから、呼ばれたのに気付かなかったみたい。ごめんね」
「元気ならいいさ。卵焼きの注文が二つ入ってるんだけど、いけるか?」
「もちろん!」
カレーやストロガノフであればよそうだけなのでカミルでも対応することはできるが、卵焼きに関してはアリアしか作れない。
一つの卵焼きを作るのに、アリアは卵を三個使う。
そこに砂糖、塩、醤油、みりん、だし汁を入れてかき混ぜる。熱したフライパンに流し込み、少しずつ焼き、追加で卵を流しいれて何度か繰り返し焼いて行く。
最後に形を整えれば、アリア特製の甘い卵焼きができあがる。
本日のメニュー、『甘い卵焼き』の完成だ。
「よっし、カミルお客さんに――って、店内がちょっと忙しそうだね」
できあがった料理の配膳を頼もうとするも、カミルは会計、シャルルは注文と忙しそうだ。エマは裏の畑にいるため、今は席を外している。
それならばと、アリアは自分で卵焼きを注文したお客さんのところへ配膳する。注文してくれたのは、女性が二人と子供が二人、四人組のお客さんだった。
「お待たせしました、卵焼きです」
「わっ、すごく綺麗ね! 食べるのを楽しみにしてたのよ」
湯気の昇る熱々の卵焼きを見て、お客さんは待っていましたと言って手を叩く。
「熱いですから、気を付けて食べてくださいね」
「ええ、ありがとう! あなたが料理を作っているの?」
「そうですよ」
お客さんから尋ねられ、アリアは頷き肯定する。その様子を見て、「まぁっ!」とお客さんは嬉しそうに声をあげる。
そしてアリアをまじまじと見ながら、感心したように話す。
「こんなに若いのに、料理が上手だなんて羨ましいわ。私も器用だったらいいんだけど……」
家で卵焼きに挑戦してみるも、フライパンの上でぐちゃぐちゃになってしまったのだと女性が告げる。何かコツはない? と問われたので、初心者でも簡単にできる卵焼きの作り方を説明する。
「何も、最初から綺麗に作ろうと思わなくていいんですよ」
「そうなの?」
「はい。卵は少しずつフライパンに入れて、焼けた部分はどんどんはじっこに寄せてしまっていいです」
「まぁ……」
そんなやり方でいいのかしらと、女性二人は少し困り顔だ。
けれどアリアはにっこり笑い、「大丈夫ですよ」と太鼓判を押す。ただし、ずっとそのやり方では見た目が少し残念な卵焼きになってしまうのも事実だ。
「最後の卵を入れるときに、はじっこにある卵を持ち上げてその下にといた卵を入れてあげてください。少し焼き色がついたら、寄せてある卵焼きの部分をくるっと一回転させると見た目も綺麗になります」
「なるほど、そういうことね」
「慣れるまでは難しいかもしれないですが、綺麗にできたら卵焼きを作るのはとっても楽しいですよ」
頑張ってくださいと、アリアは二人の主婦にエールを送る。
すると、アリアたちの話を聞いていたほかのお客さんから次々と卵焼きの追加注文の声があがってきた。
「こっちも卵焼き一つ!」
「私も帰ったら自分で焼いてみようかしら。今ならできる気がするわ」
「夕飯で作ってみようっと」
それを聞いて、アリアは「頑張ってくださいね!」と応援の言葉を送る。そして大量に注文のきた卵焼きを作るために厨房へ戻るのだった。
半袖の服では少し肌寒さを感じるが、厨房では常に窯がフル稼働しているので寒さの心配はない。
気がかりなのは、木造なので自室の隙間風が少し寒いと感じるくらいだろうか。
アリアは相変わらず、【しあわせ食堂】で料理人をしている。
けれどその成果はどんどん出ていて、メニューには単品の『トマトのピリ辛ストロガノフ』と『甘い卵焼き』が加わった。
ストロガノフは男性に人気があり、卵焼きは女性や子供からの注文が多い。
しかし今のアリアには、気がかりが多い。
それは隙間風が気になるなんて可愛いものだけではなく、自分の将来に大きく関わるものだ。
自分の婚姻のこと、祖国エストレーラのこと。……それから、なぜか王族の紋章が入っている懐中時計を持つリントのことだ。
ジェーロの皇帝であるリベルトには、肉親が母親しかいない。
先代の皇帝である父は戦争で命を落とし、王族としては珍しく兄弟もいないのだ。よって、男性で王族の紋章入りの装飾品を持っているのは……現皇帝であるリベルトだけだと考えられる。
つまりリントが皇帝? という疑問がアリアの脳内でぐるぐるしているのだ。
――そういえば、リントとリベルト陛下って年齢も一緒くらいよね。
考えれば考えるほど、謎が深まるばかりだ。
けれど、リントは冷酷無比には見えない。無口で大人びてはいるけれど、笑うと可愛いということも最近わかった。
――あ、でも冷酷無比っていうのは故意に流した嘘の噂かもしれないし……。
やはり自分の目で皇帝を見ない限り、結論は出なさそうだなと思う。
そして不意に、ぐっと肩を強く掴まれ名前を呼ばれる。
「アリア!」
「……っえ!?」
突然のことにびくっと体を揺らし振り返ると、そこにはカミルがいた。
思わす目を瞬かせて、アリアは自分の状況を確認する。いろいろ考え込んでいたけれど、今いる場所は厨房だったのだ。
目の前にはストロガノフの入った大きな鍋があり、美味しそうな香りをさせてぐつぐつ煮えている。
「大丈夫か? さっきから何回か声をかけたけど、返事がないから心配だったんだ」
「嘘、全然気付かなかった。ごめんなさい、カミル」
「いや、俺は別にいいんだけど……体調が悪いようなら、無理して店に出ないで休んでていいんだぞ?」
カミルはアリアの顔を覗き込んで、「少し赤いか?」なんて口にしている。
「うぅん、大丈夫。お鍋の前にいたから、顔が熱いだけ。少し考え事をしてたから、呼ばれたのに気付かなかったみたい。ごめんね」
「元気ならいいさ。卵焼きの注文が二つ入ってるんだけど、いけるか?」
「もちろん!」
カレーやストロガノフであればよそうだけなのでカミルでも対応することはできるが、卵焼きに関してはアリアしか作れない。
一つの卵焼きを作るのに、アリアは卵を三個使う。
そこに砂糖、塩、醤油、みりん、だし汁を入れてかき混ぜる。熱したフライパンに流し込み、少しずつ焼き、追加で卵を流しいれて何度か繰り返し焼いて行く。
最後に形を整えれば、アリア特製の甘い卵焼きができあがる。
本日のメニュー、『甘い卵焼き』の完成だ。
「よっし、カミルお客さんに――って、店内がちょっと忙しそうだね」
できあがった料理の配膳を頼もうとするも、カミルは会計、シャルルは注文と忙しそうだ。エマは裏の畑にいるため、今は席を外している。
それならばと、アリアは自分で卵焼きを注文したお客さんのところへ配膳する。注文してくれたのは、女性が二人と子供が二人、四人組のお客さんだった。
「お待たせしました、卵焼きです」
「わっ、すごく綺麗ね! 食べるのを楽しみにしてたのよ」
湯気の昇る熱々の卵焼きを見て、お客さんは待っていましたと言って手を叩く。
「熱いですから、気を付けて食べてくださいね」
「ええ、ありがとう! あなたが料理を作っているの?」
「そうですよ」
お客さんから尋ねられ、アリアは頷き肯定する。その様子を見て、「まぁっ!」とお客さんは嬉しそうに声をあげる。
そしてアリアをまじまじと見ながら、感心したように話す。
「こんなに若いのに、料理が上手だなんて羨ましいわ。私も器用だったらいいんだけど……」
家で卵焼きに挑戦してみるも、フライパンの上でぐちゃぐちゃになってしまったのだと女性が告げる。何かコツはない? と問われたので、初心者でも簡単にできる卵焼きの作り方を説明する。
「何も、最初から綺麗に作ろうと思わなくていいんですよ」
「そうなの?」
「はい。卵は少しずつフライパンに入れて、焼けた部分はどんどんはじっこに寄せてしまっていいです」
「まぁ……」
そんなやり方でいいのかしらと、女性二人は少し困り顔だ。
けれどアリアはにっこり笑い、「大丈夫ですよ」と太鼓判を押す。ただし、ずっとそのやり方では見た目が少し残念な卵焼きになってしまうのも事実だ。
「最後の卵を入れるときに、はじっこにある卵を持ち上げてその下にといた卵を入れてあげてください。少し焼き色がついたら、寄せてある卵焼きの部分をくるっと一回転させると見た目も綺麗になります」
「なるほど、そういうことね」
「慣れるまでは難しいかもしれないですが、綺麗にできたら卵焼きを作るのはとっても楽しいですよ」
頑張ってくださいと、アリアは二人の主婦にエールを送る。
すると、アリアたちの話を聞いていたほかのお客さんから次々と卵焼きの追加注文の声があがってきた。
「こっちも卵焼き一つ!」
「私も帰ったら自分で焼いてみようかしら。今ならできる気がするわ」
「夕飯で作ってみようっと」
それを聞いて、アリアは「頑張ってくださいね!」と応援の言葉を送る。そして大量に注文のきた卵焼きを作るために厨房へ戻るのだった。