しあわせ食堂の異世界ご飯
 ここ数日、シャルルは毎日のように王城へ出かけている。
 目的は、ルベルト陛下の姿絵を手に入れ、それがリントと同一人物であるかどうか確認するためだ。けれど、未だその任務を達成できないでいる。

「ええぇぇ、リベルト陛下の姿絵ないんですか!?」
「あ、ああっ。俺はそう聞いたんだけど……」

 シャルルが王城の門を通るとき、いつも話をする門番の兵士。
 今日はその門番から、重大な情報を手に入れてしまった。そう、見つからなかった皇帝の姿絵が、実は存在すらしないという事実を……。

 王城の図書館を探し、歴代の皇帝の肖像画を確認し、メイドに持ってないか聞き込みをし……そのすべてで成果が得られていなかったのだ。
 自分はなんて役に立たない侍女だろう。そんなシャルルを心配した門番が、落ち込んだ理由を聞き、なおかつ求めていた答えを知っていたのだから驚くしかない。
 まあ、結果は残念なものだったけれど。

「まあ、自分の仕える姫様の夫になるかもしれない人だもんな。侍女としては、やっぱり気になるよな」
「もちろんです! 門番さんは、陛下を見たことはないんですか?」
「俺か? もちろんあるぞ、伊達に長く門番をしてるわけじゃないからな!」
「本当に!?」

 シャルルは目をキラキラさせて、皇帝はどんな人なのかと門番に問いかける。
 瞳の色は? 髪の色は? 身長は? 矢継ぎ早に質問し、どんな些細な情報でもいいから教えてくれと頼み込む。

「まあ、別に情報を隠してるってわけじゃないからな。陛下の髪は、綺麗なプラチナブロンドだ」
「ぷらちなぶろんど?」
「あっと、銀色だ。んで、瞳は彩度が低い水色で……身長は俺より高かったから、180cmの後半くらいだろう」
「――っ!」

 門番の話す特長を一つずつリントに当てはめていった結果、そのすべてが一致した。
 髪型くらいは変えているかもしれないけれど、これだけ特徴が一致していて、王家の紋章を持っているのであれば確率は高いだろう。

 シャルルはすぐにでもアリアに教えなければと、鼻息を荒くする。

「門番さん、ありがとう! 私、アリア様にすぐ報告してくる!!」
「お、おう! 気を付けてな」

 間違いなく、リントは皇帝だ。
 そう結論付けたシャルルは、急いで【しあわせ食堂】へ向かった。


 ***


 シャルルが重大報告をするはずだった翌日の朝。
 アリアはベッドの上に座りぐぐぐ~っと伸びをする。昨日はシャルルが帰ってくる前に眠ってしまったため、厨房へ行く前にシャルルから報告を聞こうと思っていた。

 とりあえず着替えてしまおうとしたところで、部屋にノックが響く。

「シャルルです~!」
「おはよう、シャルル。昨日は帰ってくる前に寝ちゃって、ごめんね
「いいえ。それより、重大報告です!」

 エマやカミルが通りかかったら大変なので、シャルルはすぐアリアの部屋へ入る。ネグリジェ姿のアリアを見せるのだって、侍女としては失格だ。

「もしかして、姿絵が見つかったの!?」
「姿絵は、描かれてすらいないそうです。でもその代わり、門番さんにリベルト陛下の特徴を教えてもらったんです!」

 褒めてくださいと言わんばかりに、シャルルがどや顔で胸を張る。
 そして、門番に聞いた特長を説明し、リントとピッタリ一致するので間違いないと思いますとシャルルは説明した。

「確かに、特長は一致しているわね……」
「はい! リントさんは、間違いなくリベルト陛下です。ローレンツさんの剣技も、陛下の側近だと考えれば納得の強さですから」
「そうよね……」

 確かに、ローレンツはリントの下についているという雰囲気だった。二人の関係を聞いたことはないが、皇帝とその側近であると考えれば意外としっくりする。

「ありがとう、シャルル。ひとまず、今日の仕事に取りかかりましょう」
「はい!」

 一度シャルルが部屋に戻り、アリアもコックシャツへ着替える。


 準備をして一階の店舗へ行くと、すでにエマとカミルが準備にとりかかっていた。

「おはようございます。すぐにカレーとスープ作っちゃいますね」
「おはよう、アリアちゃん。よろしく頼むよ」
「アリア、おはよう。ハンバーグはもうこねておいたよ」
「本当? ありがとう、カミル!」

 さて、今日も【しあわせ食堂】は元気に営業です。


 ……のはずだったけれど、厨房を仕切るアリアの心が非常にそわそわしていた。
 なぜなら、リントが一人で昼食をとりに来ているからだ。
 ついさっきシャルルから間違いなくリベルト陛下! と、宣言されたばかりなのだ。意識するなという方が無理な話で……。

 ひとまず今は混雑している時間帯なので、厨房での調理に専念できるのが救いだろうか。

「アリア、卵焼き一つお願い!」
「はーい」

 リントのことを考えないようにするには、まずは目の前の注文に集中だ。卵を三個使い、いつものように手際よく卵焼きを作っていく。
 頼んだ人を厨房からちらっと見ると、珍しく中年の男性だ。
 あの年代は甘い物より辛いもの好きの方が多いので、普段はストロガノフを注文することの方が多いのに。

 ささっと仕上げて、お皿に盛り付ける。

「カミル、卵焼きできたよ! お願いします」
「はいよっ」

 カミルが慣れた手つきで皿を持ち、お客さんのところへ持っていく。
 するとすぐに、お客さんはフォークを使って卵焼きを口に含む。味わうように噛みしめて、うんうんと何度も頷いている。
 気に入ってもらえたようだと安心し、ほかの準備をしようと店内へ背を向ける。

 が、予想していなかった感想にアリアの体は動きを止める。

「なんだ、みんなが甘くて美味いと言っていたが……そんなに甘くはないな。わしに丁度いいくらいの味つけじゃ」

 ――え?

 アリアはお客さんの声に顔をしかめ、調理台の上を確認する。
 卵焼きは、甘くないという感想を抱く人がいないくらいには甘い味付けにしてある。それなのにあまり甘くないというのは、アリアが調味料の配合を間違えてしまった可能性が高い。

 そして案の定、使い忘れた砂糖が目の前にあった。

 ――あああっ! やらかしてしまった!!

 アリアは猛スピードで卵焼きを作り直し、先ほどのお客さんのところへ急いで持っていく。
 シャルルとカミルが驚いた顔でアリアを見ているが、その説明は後回しだ。今は、失敗してしまった料理を食べさせてしまったことを謝りたかった。

「あのっ」
「え? ああ、作ってくれた料理人さんか。どうかしたのかい? カレーも、卵焼きも、とっても美味しいよ」
「いえ。その卵焼き、調味料の配分を間違えてしまったようです。こちらが普段の味付けですので、お召し上がりください。大変申し訳ございません」

 ばっと頭を下げるアリアを見て、逆にお客さんが慌ててしまう。

「ちょっと、頭を上げてくれ! わしは別に怒ったりしとらん。ええと、こっちが本来の卵焼きなんだな? ……たしかにこりゃ甘い」

 お客さんは本来の卵焼きを一口食べて、アリアが失敗した甘くない卵焼きの方が好きだと告げた。
 確かに、卵焼きは家庭によってその味付けが様々だ。アリアのように甘い家庭もあれば、出汁を使うところ、しょっぱめにつくるところ……いろいろある。
 今日のお客さんが好むのは、塩が効いているものだったようだ。

 アリアは苦笑しつつも、「わかりました」と素直に頷く。

「では、そのまま召し上がってください。ただ、本来の卵焼きもお出しさせていただきますので、よければ召し上がってください」
「ああ。丁寧にありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」

 揉めることなく和解できたので、アリアほっとする。
 途中でシャルルとカミルが心配そうにこちらを見ていたけれど、今は何も言う気になれなくてそのまま厨房へ戻ってきてしまった。

 店内に聞こえないよう小さくため息をつき、ずるずる座り込んでしまいたい気持ちをどうにかして耐える。
 そんなアリアの気持ちに反して、店内では男性を中心に失敗作の卵焼きが話題を集めていた。失敗作とはいえ、味付けの好みは人それぞれなので、しょっぱい卵焼きが好きな男性に大人気なのだ。
 俺も食べると常連客が次々口にして、取り合っている。

 この日を境に、しょっぱい卵焼きを注文するお客さんが出てくることになるのだが……それは仕方がないことだろう。
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