しあわせ食堂の異世界ご飯
タイミングを見合わせたかのようにぴったりで、思わずアリアとリントは笑ってしまう。まさか、気まずかった空気がこんな簡単なことでなくなってしまうなんて。
「リントさん、先にどうぞ」
「いや、アリアさんの話をして。アリアさんのする話だったら、どんなことでも聞いてみたい」
「え……」
自分が話をするよりも、リントはアリアのことを優先する。
定期的にご飯も食べに来てくれるし、自分にだけは笑顔だって見せてくれた。今はこうして、心配だからと散歩にまで付き合ってくれている。
「…………」
――こんなの、自惚れるなっていう方が無理だよ!
アリアは視線をさ迷わせて、なんと言えばいいだろうかと思案する。
下手なことを言ってリントに嫌われたくはないし、かといってずっと待たせて何も言わないのも申し訳ない。
答えが見つからないまま、アリアは伏せていた顔を上げて上目遣いでリントを見つめる。
「あの、ええと……」
「アリアさん……?」
リントを見つめるアリアの頬は、夜の公園でもわかるほど赤くなっている。思わず、リントも顔が熱を持つ。
いきなりこんな顔をするのは、反則だ。
もっと見たいという欲望が、リントの中に沸き起こる。サイドにあるアリアの髪に触れて、そっと耳にかけて顔をよく見て――リントは気付く。
「アリアさん、耳まで真っ赤だ」
「――っ!!」
「……ねえ」
「あっ、り、リントさん……っ?」
リントがゆっくりアリアに近づいて、その耳元で囁く。
「俺は、自惚れてもいいの?」
「……っふぁ」
普段よりも低いリントの声が、脳に直接響くような感覚。
アリアは思わず声をあげてしまい、手で口をふさぐ。体は小刻みに震え、このままではやばいと自分のなかで警鐘が鳴り響く。
「アリアさん……」
「あ……」
リントがアリアの名前を呼び、口を覆っている手に触れる。指先を絡めるようにして、その手をとり、少しずつリントの顔が近づいてくる。
――あ、キスされる。
そう思って、アリアは反射的に目を閉じる。
リントの手が頬に触れ、その吐息が唇にかかり……あと少し。というところで、アリアは「やっぱり駄目です!」と声を荒らげた。
「っ、ご、ごめんなさい。私……」
「アリアさんが謝ることじゃない。全面的に、俺が悪かった。弱っているときに付け込むような真似をして、ごめん」
「違う、ちがうんです……っ」
アリアの目から大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちる。
否定の言葉を言うけれど、嫌でなければ涙なんて出ないだろう。リントは勢いあまって最低なことをしてしまったと、拳を強く握りしめる。
けれど、次にアリアが告げた言葉を聞いてぱっと顔を上げた。
「私……リントさんのことが好きです。気になって、仕方ないんです」
「……アリアさん?」
「でも、私は……エストレーラの王女なんです。リベルト陛下の妃候補としてここへ来たのに、リントさんのことを好きになってしまったんです……」
王女として失格なんですと、アリアは首を振って泣き続ける。
「確かに、シャルルの言う通りリントさんがリベルト陛下なのかもしれません。ですが、それは私がリントさんを好きになっていい理由じゃない……っ」
「…………」
アリアの盛大な告白を聞き、リントは自分を最低だなと責める。女の子にこんなことを言わせて、己は身分を明かしてすらいない。
リントは両腕でアリアを抱きしめて、その背中を優しく撫でる。
けれど、アリアはそれを拒絶するように押し返そうとするも……リントの力は強くて、びくともしない。
「リントさん、服……汚れちゃいますからっ」
「そんなの、構わない」
少し顔を上げたアリアを見て、リントは優しく微笑む。
目元を優しく拭って、その目元に唇を寄せる。
「……ひゃっ! な、何するんですかっ」
「あの卵焼きみたいに、しょっぱいな」
「! え、食べた……んですか?」
「美味しかったよ」
アリアの失敗した卵焼き争奪戦にこっそり参加し、リントは卵焼きを手に入れて食べていたのだ。
「俺が不甲斐ないばかりに、不安な思いをさせてすまなかった」
「リントさん……?」
「俺……いや、私はリベルト・ジェーロ。確かにこの国の皇帝だ」
「――っ、それって、んっ!」
自分の身分を明かしたリント――いや、リベルト。
アリアがすぐに何かを言おうとしたけれど、その口はリベルトの唇によって塞がれてしまう。強引だけど、触れた唇は柔らかくてとても優しい。
すぐに離れて、けれどまだ足りないというようにリベルトが再び唇を重ねてくる。
「ん、ん……っ!」
優しく何度もついばまれて、アリアはぞくりと体が震える。
唇が離れても、すぐに触れてしまいそうなほど近くにリベルトの顔があって、アリアは開いた目を恥ずかしくてすぐに閉じてしまう。
それを見て、リベルトはくすりと笑う。
「それじゃあまるで、キスをねだられているみたいだ」
「ち、ちが……んぅ」
リベルトはアリアの反論を聞く前に、もう一度その柔らかな唇にかじりつくようなキスをする。
上唇をぺろりと舐めて、じっくりとアリアを堪能する。
アリアが作り出す料理はどれも美味しいけれど、アリア自身はそれ以上に格別だ。
唇が離れたときには、アリアはぐったりしてしまっていた。リベルトに支えられていなければ、ずるずると崩れ落ちてしまったかもしれない。
「はぁ、はっ……ひどい、リントさん……」
「リントじゃなくて、リベルトだ」
「うぅ……同じじゃないですか……っ」
息も絶え絶えなアリアと違って、リベルトはまだまだ余裕そうだ。
ゆっくりアリアの髪を撫で、その呼吸が落ち着くのを待ってから……リベルトは話し始めた。
「話をする前に、一つ。アリアって呼んでもいいか?」
「お好きにどうぞ、陛下」
「……ありがとう。私はまだ皇帝に即位したばかりで、未熟な点がとても多い。大臣たちは妃を娶りその状況を補えばいいと言ったけれど、終戦したばかりの危険な国に向かえ入れたいとは思わなかったんだ」
そのため、王城に来た妃には一切あっていないし、今後も数年は現状を維持する予定だったのだとリベルトは告げる。
「なのに、俺は好きな人ができたんだ」
「……!」
「そう、【しあわせ食堂】で働くアリアだ。もちろん、すぐにこの感情は捨てようとした。皇帝の俺が、庶民のアリアを娶ってもいいことはないからな……」
でも、リベルトは気付いてしまったのだと言う。
「アリアが王族ではないかと、そう感じたんだ。王族だけが持つ、独特な雰囲気とでも言えばいいのかな。すぐローレンツに調べさせたら、エストレーラの王女で、俺の妃になるためにここに来ているなんてさ」
「……はい」
「でも、俺は妃を求めるつもりはなかった」
最低でも、王城内部の危険が取り払われなければ無理だ。
「だから、アリアのことも諦めようと思った」
「…………」
「でも、アリア本人を前にしたら無理だったよ。あんな顔されて、我慢できるわけがないだろ」
無害そうな顔をして、油断したところを美味しい料理で鷲掴みにされてしまう。
気付いたときには抗うこともできなくて、すっかりアリアという存在の虜になってしまった。
「アリア、好きだ。王城の統制はすぐに終わらないけれど、必ず迎えにくる。だからそのときは、私の妃になって」
「わ、私で……いいんですか?」
「アリア以外は、いらない」
「……っ、リベルト陛下、ずっとお待ちしています」
今度はアリアから、リベルトの背に腕を回してぎゅっと抱きつく。
それからどちらからともなく唇が重なり、いつかくるであろう、近い未来の将来を誓った――……。
「リントさん、先にどうぞ」
「いや、アリアさんの話をして。アリアさんのする話だったら、どんなことでも聞いてみたい」
「え……」
自分が話をするよりも、リントはアリアのことを優先する。
定期的にご飯も食べに来てくれるし、自分にだけは笑顔だって見せてくれた。今はこうして、心配だからと散歩にまで付き合ってくれている。
「…………」
――こんなの、自惚れるなっていう方が無理だよ!
アリアは視線をさ迷わせて、なんと言えばいいだろうかと思案する。
下手なことを言ってリントに嫌われたくはないし、かといってずっと待たせて何も言わないのも申し訳ない。
答えが見つからないまま、アリアは伏せていた顔を上げて上目遣いでリントを見つめる。
「あの、ええと……」
「アリアさん……?」
リントを見つめるアリアの頬は、夜の公園でもわかるほど赤くなっている。思わず、リントも顔が熱を持つ。
いきなりこんな顔をするのは、反則だ。
もっと見たいという欲望が、リントの中に沸き起こる。サイドにあるアリアの髪に触れて、そっと耳にかけて顔をよく見て――リントは気付く。
「アリアさん、耳まで真っ赤だ」
「――っ!!」
「……ねえ」
「あっ、り、リントさん……っ?」
リントがゆっくりアリアに近づいて、その耳元で囁く。
「俺は、自惚れてもいいの?」
「……っふぁ」
普段よりも低いリントの声が、脳に直接響くような感覚。
アリアは思わず声をあげてしまい、手で口をふさぐ。体は小刻みに震え、このままではやばいと自分のなかで警鐘が鳴り響く。
「アリアさん……」
「あ……」
リントがアリアの名前を呼び、口を覆っている手に触れる。指先を絡めるようにして、その手をとり、少しずつリントの顔が近づいてくる。
――あ、キスされる。
そう思って、アリアは反射的に目を閉じる。
リントの手が頬に触れ、その吐息が唇にかかり……あと少し。というところで、アリアは「やっぱり駄目です!」と声を荒らげた。
「っ、ご、ごめんなさい。私……」
「アリアさんが謝ることじゃない。全面的に、俺が悪かった。弱っているときに付け込むような真似をして、ごめん」
「違う、ちがうんです……っ」
アリアの目から大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちる。
否定の言葉を言うけれど、嫌でなければ涙なんて出ないだろう。リントは勢いあまって最低なことをしてしまったと、拳を強く握りしめる。
けれど、次にアリアが告げた言葉を聞いてぱっと顔を上げた。
「私……リントさんのことが好きです。気になって、仕方ないんです」
「……アリアさん?」
「でも、私は……エストレーラの王女なんです。リベルト陛下の妃候補としてここへ来たのに、リントさんのことを好きになってしまったんです……」
王女として失格なんですと、アリアは首を振って泣き続ける。
「確かに、シャルルの言う通りリントさんがリベルト陛下なのかもしれません。ですが、それは私がリントさんを好きになっていい理由じゃない……っ」
「…………」
アリアの盛大な告白を聞き、リントは自分を最低だなと責める。女の子にこんなことを言わせて、己は身分を明かしてすらいない。
リントは両腕でアリアを抱きしめて、その背中を優しく撫でる。
けれど、アリアはそれを拒絶するように押し返そうとするも……リントの力は強くて、びくともしない。
「リントさん、服……汚れちゃいますからっ」
「そんなの、構わない」
少し顔を上げたアリアを見て、リントは優しく微笑む。
目元を優しく拭って、その目元に唇を寄せる。
「……ひゃっ! な、何するんですかっ」
「あの卵焼きみたいに、しょっぱいな」
「! え、食べた……んですか?」
「美味しかったよ」
アリアの失敗した卵焼き争奪戦にこっそり参加し、リントは卵焼きを手に入れて食べていたのだ。
「俺が不甲斐ないばかりに、不安な思いをさせてすまなかった」
「リントさん……?」
「俺……いや、私はリベルト・ジェーロ。確かにこの国の皇帝だ」
「――っ、それって、んっ!」
自分の身分を明かしたリント――いや、リベルト。
アリアがすぐに何かを言おうとしたけれど、その口はリベルトの唇によって塞がれてしまう。強引だけど、触れた唇は柔らかくてとても優しい。
すぐに離れて、けれどまだ足りないというようにリベルトが再び唇を重ねてくる。
「ん、ん……っ!」
優しく何度もついばまれて、アリアはぞくりと体が震える。
唇が離れても、すぐに触れてしまいそうなほど近くにリベルトの顔があって、アリアは開いた目を恥ずかしくてすぐに閉じてしまう。
それを見て、リベルトはくすりと笑う。
「それじゃあまるで、キスをねだられているみたいだ」
「ち、ちが……んぅ」
リベルトはアリアの反論を聞く前に、もう一度その柔らかな唇にかじりつくようなキスをする。
上唇をぺろりと舐めて、じっくりとアリアを堪能する。
アリアが作り出す料理はどれも美味しいけれど、アリア自身はそれ以上に格別だ。
唇が離れたときには、アリアはぐったりしてしまっていた。リベルトに支えられていなければ、ずるずると崩れ落ちてしまったかもしれない。
「はぁ、はっ……ひどい、リントさん……」
「リントじゃなくて、リベルトだ」
「うぅ……同じじゃないですか……っ」
息も絶え絶えなアリアと違って、リベルトはまだまだ余裕そうだ。
ゆっくりアリアの髪を撫で、その呼吸が落ち着くのを待ってから……リベルトは話し始めた。
「話をする前に、一つ。アリアって呼んでもいいか?」
「お好きにどうぞ、陛下」
「……ありがとう。私はまだ皇帝に即位したばかりで、未熟な点がとても多い。大臣たちは妃を娶りその状況を補えばいいと言ったけれど、終戦したばかりの危険な国に向かえ入れたいとは思わなかったんだ」
そのため、王城に来た妃には一切あっていないし、今後も数年は現状を維持する予定だったのだとリベルトは告げる。
「なのに、俺は好きな人ができたんだ」
「……!」
「そう、【しあわせ食堂】で働くアリアだ。もちろん、すぐにこの感情は捨てようとした。皇帝の俺が、庶民のアリアを娶ってもいいことはないからな……」
でも、リベルトは気付いてしまったのだと言う。
「アリアが王族ではないかと、そう感じたんだ。王族だけが持つ、独特な雰囲気とでも言えばいいのかな。すぐローレンツに調べさせたら、エストレーラの王女で、俺の妃になるためにここに来ているなんてさ」
「……はい」
「でも、俺は妃を求めるつもりはなかった」
最低でも、王城内部の危険が取り払われなければ無理だ。
「だから、アリアのことも諦めようと思った」
「…………」
「でも、アリア本人を前にしたら無理だったよ。あんな顔されて、我慢できるわけがないだろ」
無害そうな顔をして、油断したところを美味しい料理で鷲掴みにされてしまう。
気付いたときには抗うこともできなくて、すっかりアリアという存在の虜になってしまった。
「アリア、好きだ。王城の統制はすぐに終わらないけれど、必ず迎えにくる。だからそのときは、私の妃になって」
「わ、私で……いいんですか?」
「アリア以外は、いらない」
「……っ、リベルト陛下、ずっとお待ちしています」
今度はアリアから、リベルトの背に腕を回してぎゅっと抱きつく。
それからどちらからともなく唇が重なり、いつかくるであろう、近い未来の将来を誓った――……。