しあわせ食堂の異世界ご飯
シャルルのお腹が鳴った。
「……っ!!」
思わず、シャルル以外の全員が手で口元を覆ってしまったのも仕方がないだろう。
そんななか、アリアはどうにか話題を作ろうと口を開く。
「ええと、私たちは森で野宿なんですけど……お二人は? もしよければ、夕飯をご馳走させてください」
「あ、アリア様の料理はとっても美味しいですよ!!」
アリアの横で、シャルルがお腹を押さえて顔を赤くしながらもアピールしてくれる。その様子に、今度は本当に笑ってしまった。
「あ、アリア様……っ!」
「ごめんなさい、思わず……っ!」
リントは大きくため息をつき、頷いた。
「また狼に襲われたら大変だからな……。礼として、ご馳走になるとしよう」
「はいっ! じゃあ、さっそく準備しますね」
了承を得たアリアは馬から荷物を下ろし、材料の確認をする。
途中の街で食料などを買い足しながら進んでいたため、簡単なものになってしまうが問題なく作れるだろう。
――せっかくだから、ご飯も炊こうっと。
「アリア様、私は何をしましょう?」
「んー……魚って釣れるかな?」
「お任せください!」
干し肉ならあるが、それでは少し物足りない。
すぐに了承したシャルルにお願いして、アリアは料理を開始する。すると、リントとローレンツが手伝いを申し出てくれた。
「……さすがに見ているだけというのは、申し訳ないからな」
「でしたら、火を起こしてもらってもいいですか?」
「ああ、構わない」
二人が焚火のため渇いた木の枝を探している間に、アリアはお米を取り出して水で研ぐ。最初はたっぷりの水でさっと研ぎ、二回ほど繰り返して陶器の器へ入れる。
――よし、お米はこれで大丈夫。
火の準備ができるまでは、水に浸しておく。
ご飯は、手づかみで食べられるようおにぎりにする予定だ。
エストレーラには箸という文化がないので、外で食べるときは自然と食べやすいものを作るようにしている。
「……小さき熱を、ファイア」
「アリアさん、焚火はこれで問題ないですか?」
アリアが振り返ると、石を円形に積み上げ、その中央に木を入れる形の焚火が完成していた。しかも嬉しいことに、鍋などを二つ置けるように作られている。
もう少し時間がかかると思っていたが、リントは魔法が使えたようであっという間に火がついていた。
「わあ、すごいです! 問題ないどころか、完璧です!!」
問いかけてきたローレンツに、アリアが満面の笑みで頷く。
「ここからは私の腕の見せ所ですね! 美味しいご飯を作りますから」
「……なんだ、それは」
「ああ、これは『じゃこ』です。簡単に言えば、川魚の稚魚ですね」
「稚魚……を、食べるのか?」
訝しむようなリントの視線がアリアに突き刺さる。
――そうだよね、普通はこんなちっちゃな魚は食べないよね。
本来であれば海の魚の稚魚がじゃこになるのだが、エストレーラは海に面していないため手に入れることができない。
そのため、アリアは王城の敷地内に生け簀を作り、獲るのが難しい稚魚などを食用に育てていたのだ。最初は気でも触れたのかと思われたけれど、美味しい料理のためだとアリアが両親を説得して作ってもらった。
これから使うじゃこも、生け簀を利用して作ったアリアのお手製だ。
「しっかり太陽で乾燥させてるので、味も美味しいですよ?」
「……そ、そうか」
「はい。きっと、食べたら美味しさに気付きますよ」
食べたくないというオーラを全身で出しているリントに苦笑しながら、アリアは次に鞄からもう一つの食材を取り出す。
同じくアリア特製、『カリカリ梅』だ。
「今度はなんだ」
「カリカリ梅です。ええと……木の実なんですけど、二週間ほどかけて加工してあるんです。食べてみますか?」
「木の実か……」
アリアがカリカリ梅を一粒リントに差し出すと、おそるおそるといった感じで受け取ってくれた。どうやらじゃこより抵抗はないようだ。
匂いを嗅ぎ、首を傾げている。
「……不思議な香りだな」
「食感もいいですよ。ローレンツさんも一つどうですか?」
「いえ、私はあまり得意ではないので」
「そうでしたか……残念」
リントと違い、ローレンツは梅干しの存在を知っているようだ。
とはいえ、苦手なのであれば仕方がない。無理強いはせず、おにぎりにも入れないようにしよう。
アリアがそんなことを考えていると、ぱくりと一口でカリカリ梅を食べたリントが大きく目を見開く。
予想以上に酸っぱかったかな? なんて、考えられたのは一瞬だった。
「――ッ!!」
ダンッ! と、大きな音が耳に届く。
そして何かをはき出した音と、剣を鞘から抜く嫌な金属音。そしてそれはすぐ、剣同士が刃を交える高い音へと変わった。
「アリア様に刃を向けることは許しません!!」
「はっ、はぁ……っ!」
いったい何がどうしてこうなったのかなんて、アリアにもわからない。
けれど、リントがアリアを切りつけようとして、それをちょうど帰ってきたシャルルがナイフで受け止めたということはわかった。
周囲には、シャルルが獲ってきた魚が散らばっている。
突如アリアの眼前で繰り広げられた戦いに、言葉がでない。
はくはくと呼吸をし、手が震える。どうしてこんなことをするの? そう問いかけたいけれど、アリアは上手く喋ることができない。
アリアの気持ちを代弁するかのように、シャルルが口を開く。
「どうしてアリア様を攻撃したんですか!?」
「……どうして、だと? 先に毒を盛ったのはそっちじゃないか!」
「毒……?」
リントの答えを聞いて、シャルルは「ありえません」と即答する。
アリアが誰よりも料理好きということを知っている。間違っても、毒を盛るなんて品のないことを、アリアが料理に対して行うはずがないのだ。
「この酸味が、毒じゃなかったらなんだと言うんだ?」
「え……っ」
睨みつけながら叫んだリントを見て、ほかの人間が全員ぽかんと口を開いて思わずリントを凝視してしまう。
だって、梅干しが酸っぱいのは常識だ。
ローレンツは、こめかみに手を当てて若干項垂れている。それもそのはず、リントは毒だと思っているが、それが本来の味だと言うことをローレンツは理解しているのだから。
「リント、梅干しは酸味が強い食べ物です」
「……な、なんだって?」
「梅干しの酸味は、クエン酸が多く含まれているからです。夏バテや疲労回復にとってもよくて、毒ではないですよ」
「…………」
ローレンツが梅干しとはそういうものなのだと言い、アリアも説明をする。と、リントは急いで剣を鞘に戻し、頭を下げた。
「すまなかった。てっきりまた毒を盛られたのかと思い、攻撃してしまった。……シャルルさん、俺が言うのもあれだが、アリアさんを守ってくれてありがとう」
「いえ、誤解が解けてよかったです。気にしないでください」
「アリア様を守るのは、私の役目ですから」
気にしないでくださいと笑うアリアだが、リントの言葉にぞっとしていた。
――また、毒を盛られた?
そんなにしょっちゅう毒を盛られているのかと、アリアはリントをチラ見する。
確かに冷たい物言いだし、笑顔は見ていないし、誤解されやすい人なのかもしれない。けれど、だからといって毒を盛りたいほど酷い人間にも見えないとアリアは思う。
「……っ!!」
思わず、シャルル以外の全員が手で口元を覆ってしまったのも仕方がないだろう。
そんななか、アリアはどうにか話題を作ろうと口を開く。
「ええと、私たちは森で野宿なんですけど……お二人は? もしよければ、夕飯をご馳走させてください」
「あ、アリア様の料理はとっても美味しいですよ!!」
アリアの横で、シャルルがお腹を押さえて顔を赤くしながらもアピールしてくれる。その様子に、今度は本当に笑ってしまった。
「あ、アリア様……っ!」
「ごめんなさい、思わず……っ!」
リントは大きくため息をつき、頷いた。
「また狼に襲われたら大変だからな……。礼として、ご馳走になるとしよう」
「はいっ! じゃあ、さっそく準備しますね」
了承を得たアリアは馬から荷物を下ろし、材料の確認をする。
途中の街で食料などを買い足しながら進んでいたため、簡単なものになってしまうが問題なく作れるだろう。
――せっかくだから、ご飯も炊こうっと。
「アリア様、私は何をしましょう?」
「んー……魚って釣れるかな?」
「お任せください!」
干し肉ならあるが、それでは少し物足りない。
すぐに了承したシャルルにお願いして、アリアは料理を開始する。すると、リントとローレンツが手伝いを申し出てくれた。
「……さすがに見ているだけというのは、申し訳ないからな」
「でしたら、火を起こしてもらってもいいですか?」
「ああ、構わない」
二人が焚火のため渇いた木の枝を探している間に、アリアはお米を取り出して水で研ぐ。最初はたっぷりの水でさっと研ぎ、二回ほど繰り返して陶器の器へ入れる。
――よし、お米はこれで大丈夫。
火の準備ができるまでは、水に浸しておく。
ご飯は、手づかみで食べられるようおにぎりにする予定だ。
エストレーラには箸という文化がないので、外で食べるときは自然と食べやすいものを作るようにしている。
「……小さき熱を、ファイア」
「アリアさん、焚火はこれで問題ないですか?」
アリアが振り返ると、石を円形に積み上げ、その中央に木を入れる形の焚火が完成していた。しかも嬉しいことに、鍋などを二つ置けるように作られている。
もう少し時間がかかると思っていたが、リントは魔法が使えたようであっという間に火がついていた。
「わあ、すごいです! 問題ないどころか、完璧です!!」
問いかけてきたローレンツに、アリアが満面の笑みで頷く。
「ここからは私の腕の見せ所ですね! 美味しいご飯を作りますから」
「……なんだ、それは」
「ああ、これは『じゃこ』です。簡単に言えば、川魚の稚魚ですね」
「稚魚……を、食べるのか?」
訝しむようなリントの視線がアリアに突き刺さる。
――そうだよね、普通はこんなちっちゃな魚は食べないよね。
本来であれば海の魚の稚魚がじゃこになるのだが、エストレーラは海に面していないため手に入れることができない。
そのため、アリアは王城の敷地内に生け簀を作り、獲るのが難しい稚魚などを食用に育てていたのだ。最初は気でも触れたのかと思われたけれど、美味しい料理のためだとアリアが両親を説得して作ってもらった。
これから使うじゃこも、生け簀を利用して作ったアリアのお手製だ。
「しっかり太陽で乾燥させてるので、味も美味しいですよ?」
「……そ、そうか」
「はい。きっと、食べたら美味しさに気付きますよ」
食べたくないというオーラを全身で出しているリントに苦笑しながら、アリアは次に鞄からもう一つの食材を取り出す。
同じくアリア特製、『カリカリ梅』だ。
「今度はなんだ」
「カリカリ梅です。ええと……木の実なんですけど、二週間ほどかけて加工してあるんです。食べてみますか?」
「木の実か……」
アリアがカリカリ梅を一粒リントに差し出すと、おそるおそるといった感じで受け取ってくれた。どうやらじゃこより抵抗はないようだ。
匂いを嗅ぎ、首を傾げている。
「……不思議な香りだな」
「食感もいいですよ。ローレンツさんも一つどうですか?」
「いえ、私はあまり得意ではないので」
「そうでしたか……残念」
リントと違い、ローレンツは梅干しの存在を知っているようだ。
とはいえ、苦手なのであれば仕方がない。無理強いはせず、おにぎりにも入れないようにしよう。
アリアがそんなことを考えていると、ぱくりと一口でカリカリ梅を食べたリントが大きく目を見開く。
予想以上に酸っぱかったかな? なんて、考えられたのは一瞬だった。
「――ッ!!」
ダンッ! と、大きな音が耳に届く。
そして何かをはき出した音と、剣を鞘から抜く嫌な金属音。そしてそれはすぐ、剣同士が刃を交える高い音へと変わった。
「アリア様に刃を向けることは許しません!!」
「はっ、はぁ……っ!」
いったい何がどうしてこうなったのかなんて、アリアにもわからない。
けれど、リントがアリアを切りつけようとして、それをちょうど帰ってきたシャルルがナイフで受け止めたということはわかった。
周囲には、シャルルが獲ってきた魚が散らばっている。
突如アリアの眼前で繰り広げられた戦いに、言葉がでない。
はくはくと呼吸をし、手が震える。どうしてこんなことをするの? そう問いかけたいけれど、アリアは上手く喋ることができない。
アリアの気持ちを代弁するかのように、シャルルが口を開く。
「どうしてアリア様を攻撃したんですか!?」
「……どうして、だと? 先に毒を盛ったのはそっちじゃないか!」
「毒……?」
リントの答えを聞いて、シャルルは「ありえません」と即答する。
アリアが誰よりも料理好きということを知っている。間違っても、毒を盛るなんて品のないことを、アリアが料理に対して行うはずがないのだ。
「この酸味が、毒じゃなかったらなんだと言うんだ?」
「え……っ」
睨みつけながら叫んだリントを見て、ほかの人間が全員ぽかんと口を開いて思わずリントを凝視してしまう。
だって、梅干しが酸っぱいのは常識だ。
ローレンツは、こめかみに手を当てて若干項垂れている。それもそのはず、リントは毒だと思っているが、それが本来の味だと言うことをローレンツは理解しているのだから。
「リント、梅干しは酸味が強い食べ物です」
「……な、なんだって?」
「梅干しの酸味は、クエン酸が多く含まれているからです。夏バテや疲労回復にとってもよくて、毒ではないですよ」
「…………」
ローレンツが梅干しとはそういうものなのだと言い、アリアも説明をする。と、リントは急いで剣を鞘に戻し、頭を下げた。
「すまなかった。てっきりまた毒を盛られたのかと思い、攻撃してしまった。……シャルルさん、俺が言うのもあれだが、アリアさんを守ってくれてありがとう」
「いえ、誤解が解けてよかったです。気にしないでください」
「アリア様を守るのは、私の役目ですから」
気にしないでくださいと笑うアリアだが、リントの言葉にぞっとしていた。
――また、毒を盛られた?
そんなにしょっちゅう毒を盛られているのかと、アリアはリントをチラ見する。
確かに冷たい物言いだし、笑顔は見ていないし、誤解されやすい人なのかもしれない。けれど、だからといって毒を盛りたいほど酷い人間にも見えないとアリアは思う。