しあわせ食堂の異世界ご飯
「アリア様、どうかしましたか?」
「あ、なんでもないのシャルル。魚を獲ってきてくれてありがとう」
「はい!」
気を取り直し、戦闘のはずみで散らばった魚を集めて、水で洗う。
これは魚介のあら汁を作る予定だ。
魚を捌き、水洗いをして少しの間だけ生臭さを取るため塩に付けておく。臭いは強くないけれど、まったくないわけではない。
本当は野菜もたくさんあったらいいのだけれど、あるのはネギが数本だけ。具材が寂しいけれど、森の中だから仕方がない。
「アリア様、お鍋が沸騰しましたよ」
「ありがとう、シャルル」
沸騰した鍋に魚を入れ、数十秒で一度取り出す。そのまま内蔵などを丁寧に洗い、下処理は完了だ。
もう一度綺麗な水を用意し、その中に魚を入れる。酒を一振り入れて、出てくる灰汁を地道に取り除いていく。
「……それはスープになるのか? なんというか、豪快だな」
「確かに、見た目は繊細じゃないですね」
リントの言葉に笑い、アリアはほっとする。
先ほどの一件で気まずくなってしまったら……と思っていたのだが、リントは警戒する様子を見せつつもこちらを気遣うように話しかけてくれた。
出なくなるまで灰汁を取り、ネギを入れてひと煮立ち。
「あとは味噌を入れて完成! シャルル、荷物から味噌を取ってもらってもいい?」
「お任せを~!」
シャルルが取り出した味噌を見て、リントが眉をひそめ「なんだそれは」と言う。
「お味噌っていうんですけど、確かにあまり売っていないんですよね。海を渡って東にある大陸では、食べることも多いと聞きますよ」
「東で? それは知らなかった……」
なるほどとリントは頷く。
アリアはそんな様子を見て、もしかして食にあまり感心がないのかもしれないなと思う。
――というか、毒を盛られるかもしれない料理を楽しめないか……。
けれど、自分の料理で興味を持って貰えたら嬉しい。
「よっし、味噌をといで完成です! ご飯も炊けたので、おにぎりにしちゃいますね」
シャルルができあがった魚介のあら汁を器によそっている間、アリアは炊きあがったお米を見る。艶がありふっくらしていて、とてもいい匂いだ。
そこにじゃこと刻んだカリカリ梅を混ぜて、一人二個ずつになるよう握っていく。
本日のメニュー、『じゃこの梅おにぎりと魚介のあら汁』の完成だ。
「ふわああぁ、とってもいい匂いです! もうハラペコです!!」
シャルルが一番に叫んで、早く食べようと目で訴えかけてくる。
その様子が本当に小動物で、アリアより年上だというのに妹のように思えてしまってとても可愛らしい。
「そうね、すぐに食べましょう」
「はい! いただきます!!」
言うや否や、シャルルは豪快におにぎりへとかぶりついた。
「んんん~! 美味しい~!!」
すぐ二口目へ移り、シャルルは魚介のあら汁を飲んでその美味しさに舌鼓を打つ。
その様子を見ながら、アリアはリントとローレンツの方を向く。
「リントさんとローレンツさんもどうぞ。お口に合うといいんですが」
「……いただく」
「いただきます」
じっとおにぎりを見つめたままのリントと、すぐに食べ始めたローレンツ。
「じゃこは初めて食べましたが、確かに美味しいですね」
「…………」
ローレンツが食べたのを見たからか、リントもおにぎりにかぶりつく。
すると、無表情だった彼の目がわずかに見開かれた。未知の味への驚きか、それともカリカリ梅の酸味が嫌だったのか。
アリアはドキドキしながらリントを見る。
「リントさん、どうですか?」
「……わ、悪くはないと思う」
「それはよかったです」
どこかぎこちないリントの返答だったけれど、少しだけ肩の力が抜けたようだ。美味しいというのは、その様子からちゃんとアリアに伝わってくる。
リントはすぐに魚介のあら汁も飲み、「ふぅ……」と息をついた。
「最初はあの茶色い物体に驚いたが、こんな味になるんだな……」
「ああ、味噌は初見だと何だろうってなるかもしれませんね」
素直なリントの感想に、思わず苦笑する。
それを見たローレンツが、変わりに口を開く。
「素直に美味しいと言えばいいのでは?」
「な……っ!」
「このスープは魚介の味がしみ込んでいてとても濃厚ですし、魚の身も柔らかくて食べやすい。体の内側から浄化されているような感覚すらあります。そしてなにより、臭みがまったくないのがいいです」
「そ、そんなの俺だってそう思っている! このおにぎりだって、米とじゃこと一緒に握られているから、さっきの梅干しがちょうどいい酸味にまで落ち着いている。もちもちの米の中に、たまにカリっとした食感はたまらないし、この酸味は適度に空腹を刺激し病みつきになりそうだ」
――わぁ、べた褒めしてもらえてる!
口に合わなかったらどうしようと思ったけれど、それは杞憂だったようだ。
――笑顔を見せてもらえなかったのは、残念だけど。
満足そうにしてもらえたのは、純粋に嬉しい。
「それにしても、珍しい料理だな。この辺では見たことがないが、アリアさんはどこの出身なんだ?」
「あぁ、エストレーラです」
「エストレーラ……そんなところから、女性二人でここへ?」
遠くて大変だろうと驚く様子のリントに、アリアは「ちょっとした事情で」と苦笑する。
「リントさんたちはどちらから?」
「俺たちは、ジェーロからだ」
「そうなんですか。じゃあ、入れ違いですね。……ジェーロは、今どんな様子ですか?」
終戦して少し経ったといっても、まだ街の中は混乱しているかもしれない。
人伝で様子を聞いたけれど、直接聞けるならそれが一番信憑性がある。
リントは「……そうだな」と少し考え、口を開く。
「だいぶ落ち着いた、と思う。とはいえ、物流はまだ少し不安があるが……生活するのに問題はないはずだ」
「そうですか、それを聞いて安心しました」
街で普通に過ごすことができるのであれば、王城で生活することも問題ないだろう。他国から、しかも妃候補ということで少し肩身は狭いかもしれないけれど……。
――エストレーラのために、頑張らないと!
アリアは心の中でこっそり気合いをいれる。
その後は、シャルルがローレンツの剣技について質問をしたりして、のんびり雑談をしてから各自眠りについた。
***
一夜明けて翌日、リントたちはアリアと別の道を行くためここでお別れだ。
簡単に朝食をとってから挨拶をする。
「助けていただいて、本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ……毒だと勘違いし、あまつさえ切りつけてしまうなんて。本当に申し訳なかった」
「気にしないでください。梅干し、食べ慣れないとビックリしますよね……私は怪我もしていませんから、大丈夫です」
アリアが改めて礼を告げるが、リントは十分お礼はもらったからと首を振る。むしろ、自分が切りつけてしまったことに対して頭を下げて謝罪をする。
「…………今まで食べた食事のなかで、一番美味いと思った。ありがとう」
「――っ! は、はい」
ゆっくり告げられたリントの言葉を聞き、胸がじんとする。
毒について言っていたこともあり、リントにはあまり食事にいい思い出がないのだとアリアは思っていた。そんな彼が、笑ってはいないけれど……ほんのわずかに照れたように美味しかったと言ってくれたのだ。
「そう言ってもらえることが、一番嬉しいです」
アリアが笑顔でそう返すと、横からローレンツも話に入ってくる。
「確かに、とても美味しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそ、助けていただいてありがとうございました」
「私からも、お礼を言わせてください。ありがとうございました! とても綺麗な剣筋で、尊敬します」
簡単に言葉を交わした横で、シャルルがばっと頭を下げてローレンツの戦いがいかに素晴らしかったのか語る。
「もっと精進して、私もローレンツさんのように強くなります」
「ええと、頑張ってください」
張り切るシャルルとは打って変わり、ローレンツは少し困り顔で返事をする。シャルルの服装が戦闘服ではないので、困惑してしまったのかもしれない。
「……それじゃあ、行くか」
「はい」
リントが繋いでいた馬にまたがり、馬上からちらりとアリアを見る。けれどそれ以上は何も言うことはせずに、ローレンツとその場から離れた。
アリアは随分さっぱりした別れだなと思いながら、シャルルと一緒に森の奥へ走る二人に向かって手を振る。
「ありがとうございました~!」
「またどこかでー!」
後ろ姿が見えなくなるまで見送り、アリアたちも先を急ぐために馬へとまたがる。
そしてふと、シャルルが少し拗ねたように口を尖らせた。
「……あの人たち、まったく笑わなかったですねぇ」
「そうね。ローレンツさんは笑っていたけど……社交辞令っぽかったし」
「もっと笑えば楽しくなるのに」
愛想笑いをしていたローレンツはともかく、リントはわずかに照れながら礼を言うも、笑顔になるには至らなかった。
――笑顔、見たかったなぁ。
自分の料理で全員が笑ってくれたらいいのだが、どうやらアリアの料理はまだまだ精進する余地があるようだ。
妃になってしまえば自由に料理することはできないかもしれないが、もし機会があれば今後も積極的に料理をしていこうと思うのだった。
いつか、ジェーロ帝国で食の笑顔をたくさん見られるように――。
「あ、なんでもないのシャルル。魚を獲ってきてくれてありがとう」
「はい!」
気を取り直し、戦闘のはずみで散らばった魚を集めて、水で洗う。
これは魚介のあら汁を作る予定だ。
魚を捌き、水洗いをして少しの間だけ生臭さを取るため塩に付けておく。臭いは強くないけれど、まったくないわけではない。
本当は野菜もたくさんあったらいいのだけれど、あるのはネギが数本だけ。具材が寂しいけれど、森の中だから仕方がない。
「アリア様、お鍋が沸騰しましたよ」
「ありがとう、シャルル」
沸騰した鍋に魚を入れ、数十秒で一度取り出す。そのまま内蔵などを丁寧に洗い、下処理は完了だ。
もう一度綺麗な水を用意し、その中に魚を入れる。酒を一振り入れて、出てくる灰汁を地道に取り除いていく。
「……それはスープになるのか? なんというか、豪快だな」
「確かに、見た目は繊細じゃないですね」
リントの言葉に笑い、アリアはほっとする。
先ほどの一件で気まずくなってしまったら……と思っていたのだが、リントは警戒する様子を見せつつもこちらを気遣うように話しかけてくれた。
出なくなるまで灰汁を取り、ネギを入れてひと煮立ち。
「あとは味噌を入れて完成! シャルル、荷物から味噌を取ってもらってもいい?」
「お任せを~!」
シャルルが取り出した味噌を見て、リントが眉をひそめ「なんだそれは」と言う。
「お味噌っていうんですけど、確かにあまり売っていないんですよね。海を渡って東にある大陸では、食べることも多いと聞きますよ」
「東で? それは知らなかった……」
なるほどとリントは頷く。
アリアはそんな様子を見て、もしかして食にあまり感心がないのかもしれないなと思う。
――というか、毒を盛られるかもしれない料理を楽しめないか……。
けれど、自分の料理で興味を持って貰えたら嬉しい。
「よっし、味噌をといで完成です! ご飯も炊けたので、おにぎりにしちゃいますね」
シャルルができあがった魚介のあら汁を器によそっている間、アリアは炊きあがったお米を見る。艶がありふっくらしていて、とてもいい匂いだ。
そこにじゃこと刻んだカリカリ梅を混ぜて、一人二個ずつになるよう握っていく。
本日のメニュー、『じゃこの梅おにぎりと魚介のあら汁』の完成だ。
「ふわああぁ、とってもいい匂いです! もうハラペコです!!」
シャルルが一番に叫んで、早く食べようと目で訴えかけてくる。
その様子が本当に小動物で、アリアより年上だというのに妹のように思えてしまってとても可愛らしい。
「そうね、すぐに食べましょう」
「はい! いただきます!!」
言うや否や、シャルルは豪快におにぎりへとかぶりついた。
「んんん~! 美味しい~!!」
すぐ二口目へ移り、シャルルは魚介のあら汁を飲んでその美味しさに舌鼓を打つ。
その様子を見ながら、アリアはリントとローレンツの方を向く。
「リントさんとローレンツさんもどうぞ。お口に合うといいんですが」
「……いただく」
「いただきます」
じっとおにぎりを見つめたままのリントと、すぐに食べ始めたローレンツ。
「じゃこは初めて食べましたが、確かに美味しいですね」
「…………」
ローレンツが食べたのを見たからか、リントもおにぎりにかぶりつく。
すると、無表情だった彼の目がわずかに見開かれた。未知の味への驚きか、それともカリカリ梅の酸味が嫌だったのか。
アリアはドキドキしながらリントを見る。
「リントさん、どうですか?」
「……わ、悪くはないと思う」
「それはよかったです」
どこかぎこちないリントの返答だったけれど、少しだけ肩の力が抜けたようだ。美味しいというのは、その様子からちゃんとアリアに伝わってくる。
リントはすぐに魚介のあら汁も飲み、「ふぅ……」と息をついた。
「最初はあの茶色い物体に驚いたが、こんな味になるんだな……」
「ああ、味噌は初見だと何だろうってなるかもしれませんね」
素直なリントの感想に、思わず苦笑する。
それを見たローレンツが、変わりに口を開く。
「素直に美味しいと言えばいいのでは?」
「な……っ!」
「このスープは魚介の味がしみ込んでいてとても濃厚ですし、魚の身も柔らかくて食べやすい。体の内側から浄化されているような感覚すらあります。そしてなにより、臭みがまったくないのがいいです」
「そ、そんなの俺だってそう思っている! このおにぎりだって、米とじゃこと一緒に握られているから、さっきの梅干しがちょうどいい酸味にまで落ち着いている。もちもちの米の中に、たまにカリっとした食感はたまらないし、この酸味は適度に空腹を刺激し病みつきになりそうだ」
――わぁ、べた褒めしてもらえてる!
口に合わなかったらどうしようと思ったけれど、それは杞憂だったようだ。
――笑顔を見せてもらえなかったのは、残念だけど。
満足そうにしてもらえたのは、純粋に嬉しい。
「それにしても、珍しい料理だな。この辺では見たことがないが、アリアさんはどこの出身なんだ?」
「あぁ、エストレーラです」
「エストレーラ……そんなところから、女性二人でここへ?」
遠くて大変だろうと驚く様子のリントに、アリアは「ちょっとした事情で」と苦笑する。
「リントさんたちはどちらから?」
「俺たちは、ジェーロからだ」
「そうなんですか。じゃあ、入れ違いですね。……ジェーロは、今どんな様子ですか?」
終戦して少し経ったといっても、まだ街の中は混乱しているかもしれない。
人伝で様子を聞いたけれど、直接聞けるならそれが一番信憑性がある。
リントは「……そうだな」と少し考え、口を開く。
「だいぶ落ち着いた、と思う。とはいえ、物流はまだ少し不安があるが……生活するのに問題はないはずだ」
「そうですか、それを聞いて安心しました」
街で普通に過ごすことができるのであれば、王城で生活することも問題ないだろう。他国から、しかも妃候補ということで少し肩身は狭いかもしれないけれど……。
――エストレーラのために、頑張らないと!
アリアは心の中でこっそり気合いをいれる。
その後は、シャルルがローレンツの剣技について質問をしたりして、のんびり雑談をしてから各自眠りについた。
***
一夜明けて翌日、リントたちはアリアと別の道を行くためここでお別れだ。
簡単に朝食をとってから挨拶をする。
「助けていただいて、本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ……毒だと勘違いし、あまつさえ切りつけてしまうなんて。本当に申し訳なかった」
「気にしないでください。梅干し、食べ慣れないとビックリしますよね……私は怪我もしていませんから、大丈夫です」
アリアが改めて礼を告げるが、リントは十分お礼はもらったからと首を振る。むしろ、自分が切りつけてしまったことに対して頭を下げて謝罪をする。
「…………今まで食べた食事のなかで、一番美味いと思った。ありがとう」
「――っ! は、はい」
ゆっくり告げられたリントの言葉を聞き、胸がじんとする。
毒について言っていたこともあり、リントにはあまり食事にいい思い出がないのだとアリアは思っていた。そんな彼が、笑ってはいないけれど……ほんのわずかに照れたように美味しかったと言ってくれたのだ。
「そう言ってもらえることが、一番嬉しいです」
アリアが笑顔でそう返すと、横からローレンツも話に入ってくる。
「確かに、とても美味しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそ、助けていただいてありがとうございました」
「私からも、お礼を言わせてください。ありがとうございました! とても綺麗な剣筋で、尊敬します」
簡単に言葉を交わした横で、シャルルがばっと頭を下げてローレンツの戦いがいかに素晴らしかったのか語る。
「もっと精進して、私もローレンツさんのように強くなります」
「ええと、頑張ってください」
張り切るシャルルとは打って変わり、ローレンツは少し困り顔で返事をする。シャルルの服装が戦闘服ではないので、困惑してしまったのかもしれない。
「……それじゃあ、行くか」
「はい」
リントが繋いでいた馬にまたがり、馬上からちらりとアリアを見る。けれどそれ以上は何も言うことはせずに、ローレンツとその場から離れた。
アリアは随分さっぱりした別れだなと思いながら、シャルルと一緒に森の奥へ走る二人に向かって手を振る。
「ありがとうございました~!」
「またどこかでー!」
後ろ姿が見えなくなるまで見送り、アリアたちも先を急ぐために馬へとまたがる。
そしてふと、シャルルが少し拗ねたように口を尖らせた。
「……あの人たち、まったく笑わなかったですねぇ」
「そうね。ローレンツさんは笑っていたけど……社交辞令っぽかったし」
「もっと笑えば楽しくなるのに」
愛想笑いをしていたローレンツはともかく、リントはわずかに照れながら礼を言うも、笑顔になるには至らなかった。
――笑顔、見たかったなぁ。
自分の料理で全員が笑ってくれたらいいのだが、どうやらアリアの料理はまだまだ精進する余地があるようだ。
妃になってしまえば自由に料理することはできないかもしれないが、もし機会があれば今後も積極的に料理をしていこうと思うのだった。
いつか、ジェーロ帝国で食の笑顔をたくさん見られるように――。